満員電車内の迷惑な人忍耐法
何週間か前のことである。
その日は年金支給日だったせいか街は電車も道路も大変な混雑であった。
帰宅時の横浜駅はそれはもうすごい人で、猫川はなんとかギリギリその電車に乗り込むことができた。
ベルが鳴り発車直前、そこへ強行な駆け込み乗車をするおっさんが登場、信じがたい圧力で無理矢理体をねじ込む。そこまではよく見る光景であった。
が、そこから猫川の腹は煮えくりかえり始める。おっさんがぎゅうぎゅうの満員電車の中でスポーツ新聞を広げて読み始めたからである。おっさんの前の兄さんの顔は新聞たてかけ板にされている。なんて迷惑な。しかし兄さんはキレるかと思いきやされるがままだ。老眼らしく新聞から目を離すためのけぞって、後ろの男性の顔にも平気で後頭部をこすりつけている。やがてグチャグチャとページをめくるうちに横に密着している猫川の顔面にも新聞が触れ始めた。怒りで顔が歪む。舌打ちしたが全く通じない。喉元まで「満員電車で新聞広げるな迷惑だ」という言葉が出かかるが、昨今の、注意したばかりに殺されてしまったというおぞましいニュースの数々を思い出しぐっと飲み込む。こんなところで包丁を出されたら終わりだ。降りた後変な嫌がらせをされるかもしれない。最悪な場合線路に突き落とされたりするかもしれない。猫川、まだ死ぬわけにはいかない、ここは我慢だ!
そこで猫川はそのおっさんを人ではなく、巨大なうんこだと思うことにした。たまたま目の前に巨大なうんこがある電車に乗り込んでしまったのだ。うんこはとてつもない悪臭を放って周囲を不快にさせているが、うんこに文句を言ったところでどうにもならない。ひたすら10分間耐えるのみだ。
こうして10分ののち猫川は無事巨大うんこから解放されたが、心底満員電車が嫌になった。せっかく天国のような職場に転職できたばかりなのに、電車に乗らなくてすむ仕事に変えようとさえ思ったほどだ。
しかし迷惑な人間をうんことみなして怒りを鎮めるのは有効な忍耐術であった。これからはこうやって耐えよう。
さて翌朝も嫌だな嫌だなまたうんこに遭遇しませんようにと願いながら満員電車に乗りこんだ猫川、その電車内で、大きく揺れた拍子にうっかり思い切り後ろの人の足を踏んづけてしまう。そこで慌てて「すいません!」と謝った相手がとてもイケメンで、優しい笑顔で大丈夫ですよと言われたその瞬間、やさぐれた心は一瞬にして吹き飛び、やっぱ電車通勤でいいやと即考えを改めた猫川自身も、結局はうんこなのかもしれないのであった。
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