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2020年(6年生)最終回

 世界の終わりは突然やってきた。
 2月28日、子どもたちは号泣の中、学校を去っていく。本来ならばその涙は、ゆっくり過ごしながら3週間後に控える卒業式で流すはずのものだった。
 いつもならば1か月かけて、いや、1年かけて、見方によっては6年かけてやってくるはずの卒業式。彼らの世界はそこにたどり着くことなく、突然終わりを迎えることになる。新型コロナウイルスだ。
 子どもたちの心は、
「コロナだから仕方がない」
と、簡単に割り切れるものではない。
 もちろん、子どもの安全を第一に考える、これは大人として当然の責務だ。だからと言って、子どもたちの心情に寄り添うこともできないのならば、大人ってなんだろう。
 子どもたちがいる世界は狭い。小学校という狭い世界の中で、共に学び、共に笑い、諍いや窮屈さを乗り越えながら、新しい世界に旅立っていくのが、6年生だ。3月19日の卒業式に向けて、長い時間をかけて、助走をしていくのが、6年生だ。
 いよいよ最後の助走である卒業式の練習が始まろうとしていた前日の夕方、政府から全国一斉休校の要請が入る。明けて翌日。不安な気持ちで登校する子どもたち。学校はどうなるのか、卒業式はどうなるのか。子どもはもちろん、保護者も教師も、見通しをもてないまま朝を迎えていた。
 その判断は自治体の教育委員会に任される。指示を待ちつつ、通常通りの授業が進んでいく。6年生の子どもたちは、
「せめて、最後の週。16日から学校来られるならばいいけれど・・・」
といちばん妥協できる案を期待している。
掃除の時間にぞうきんがけをしながら
「明日から休校とかになったら総理絶対ゆるさない」
なんて過激な言葉を吐く子もいる。
 決定が降りたのは昼休み。まさに最初の卒業式練習が始まろうとしていた5時間目の直前だ。
 
「明日より無期限の臨時休校。学校再開、卒業式については追って連絡」
 
 この決定に学校全体が騒然となる。今日をもってみんなと会えなくなるかもしれない。このままなんとなく卒業となってしまうかもしれない。6年担任の立場で言えば、ここからが学校生活の中でも一番〈いいとき〉だろう。卒業までのカウントダウンは20日を切っていた。どんどん減っていく残りの日々を惜しみながら、新しい生活に向けて心の準備をしてくこの1か月は、子どもにとってかけがえのないものだ。あとから取り返すことなどできるはずもない。
 この時点で政府は、東京オリンピックの延期を考えに入れていなかった。子どもたちの貴重な日々を犠牲にして、その上にたつオリンピックにいかなる価値があるのか。そう思えてしまうほど、突然の決定であった。
 最初の卒業式練習は、最後の卒業式練習となり、それは最早お別れの会であった。各担任から子どもたちへのメッセージを伝える。本来それは、卒業式の日に、卒業式のあと、教室で伝えられるものだ。ゆっくりと時間をかけ、言葉と心を育てながら伝えられるものだ。伝えながら流れ出る涙は、決してお別れの寂しさからくるものではない。わずかに怒りを孕んだ、悔しさからくるものだろう。
 「コロナだから仕方がない」
 子どもたちと同様、そう割り切ることができるほど、機械的に1年間を過ごしてきたはずもない。子どもたちの世界は、教師の世界は、ここにあるのだ。ここにしかないのだ。
 卒業式で歌う予定だった4曲の歌。初めて体育館で歌う。ピアノとの距離感に慣れない歌声は、指揮者と伴奏者が合わせる練習をしていない演奏は、見事にばらばらで、お世辞にも上手とは言えない。しかし、そこにいる全員が、同じ気持ちでその世界にいた。その事実は圧倒的に心に届く。子どもたちは号泣しながら歌い、伴奏し、指揮を振っていた。一曲一曲、丁寧に。しかし感情をむき出しにして。誰かの前で披露することのできなかったこの演奏は、想いは、どこにも行けないままだ。子どもたちと教師、その世界にいた人間だけが正解に気付き始めている。私たちはこれからどうあるべきか。この世界でどう生きていくべきか。学校とはどうあるべきなのか。
 オンライン授業で教育の機会均等を図ればよい、そういう場ではないのだ。少なくとも今、目の前にある世界は。わたしたちのいる世界は。
 この1時間は決して忘れることのできない時間となるだろう。最初で最後の卒業式練習を終えて、子どもたちは教室から去っていく。大きな不安とともに、涙とともに。また会えるのか、もう会えないのか。それすらも分からないまま、去っていく。
 
 卒業式開催の知らせが正式に届いたのはそれから2週間後。全員マスク着用の上、徹底的な換気、物理的な距離をとっての開催。保護者が参列できること、そもそも開催できることに歓びを感じながらも、違和感は拭えない。先に書いたように、子どもの安全が第一だ。それはわかる。しかし。
 式の途中、マスクを自分で外した子どもたちが数名いた。当然だ。自分の想いを伝えるときにマスクは外すものだと、この6年間で学んでいるのだ。すぐさま管理職からアナウンスが入る。
 「その想いはよくわかります。しかし、もしものときに、あなたたちを守るのは、マスクをしていたかどうか、という事実です。申し訳ないが、マスクはしたままで式を続けてほしい」
 よくわかる。理解はできる。しかし、納得はできない。確かに本来、卒業式とは「想いを伝える場」ではないのかもしれない。卒業証書を授与される場、受身の場かもしれない。しかし、子どもたちはそんな1年間を過ごしてきてはいない。どんなことにも自分の想いをもち、主体的に取り組むこと。それを学んできた子どもたちだ。だからこそ、怒りを孕んだ悔しさは、この日になっても消えていなかった。
 
 卒業式はつつがなく終わった。新型コロナウイルス感染拡大を防ぐために、最大限に配慮して終わった。子どもたちは、2月28日に、涙を流したあの日に比べたら、こんな形式的な式に心は動かなかったようだ。これほどまでに涙の少ない卒業式は初めてだった。
 あとから振り返ったときに、全てが終わったあとに、あのときは大変だったねと笑える日がくる。そう言う人がたくさんいる。忘れられない一日になるだろうと言う人がたくさんいる。私も含めて。しかし、忘れて欲しくないのは、思い出して欲しいのは、その残念な一日ではない。それまで過ごしてきた日々だ。休校に入ってからの日々ではない。仲間とともに過ごしてきた、みんなで積み重ねてきた日々こそ、思い出すものであって欲しい。
 子どもたちは知らない。本当はあるはずだった空白の1か月がいかに甘美なものか。この空白の1か月がどれほど背中を押してくれるものか。知らないのだからいい、というものではない。
 この局面に卒業生であった子どもたちが、「仕方がない」と諦める人生を送っていくのではなく、自分の世界を慈しみ、自分の世界を広げ、光を見失わない心の豊かさをもって生きてきくことを切に願っている。
 どうか、私たちがいた世界が、新型コロナウイルスとの思い出ではなく、それまで過ごした素晴らしい日々で満たされていますように。
 


 それから四年後、偶然に再会した当時の卒業生のひとこと、
「先生!中学校めっちゃ楽しかった」
に、ひっそり涙する。よかったね。本当によかった。君たちのこれからが、いつも、ずっと「めっちゃ楽しい」日々でありますように、と再度願うのであった。

2020年(6年生)完

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