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〔ショートショート〕記憶冷凍屋

記憶冷凍庫の中には、色も大きさも様々な花が並んでいる。ここの管理を始めて、もう何年になるだろう。
「ごめんください」
入口付近から声がする。お客様は上品な老婦人だ。
「いらっしゃいませ。冷凍ですか、解凍ですか」
「解凍を」
老婦人はゆっくりと左手を差し出す。その小指の先に埋まったチップを読み取ると、管理番号が表示された。その番号の花は、淡いピンクの桜だ。
「持ち帰られますか」
「いいえ、ここでお願い」
「では、そちらの椅子におかけください」
座った彼女の前で、桜の花に手をかざす。掌から光線を浴びた桜は淡く解け、記憶が解凍されていく。


大きな桜の木の下で、一組の男女学生が向かい合っている。男子は手紙を一通女子に渡すと、美しい敬礼をして立ち去った。手紙を胸に佇む女子に、桜の花びらが降り注ぐ…


老婦人はそっと涙を拭った。
「夫が生きているうちは、彼を思い出しちゃいけない気がしてね」
ポツリと呟き、深くお辞儀をして立ち去る。静かな午後だった。
(完・410字)




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