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〔ショートストーリー〕雨女の憂鬱

大学の講義を終えて帰ろうとすると、待ち構えていたように雨が降り出した。雨女なんて言葉、大嫌いだ。そんな言葉があるせいで、私はこれまで勝手に責任を感じてきた気がする。

小学校の修学旅行。1日目は何とか小雨で済んだが、2日目は大雨。制服がびしょびしょになった私たちは、全員で体操服に着替えなければならなかった。6年生最後のイベントのお別れ遠足は土砂降りで、体育館で歌を歌ってお弁当を食べた。何故か大事なイベントで雨になるな…と、何となく嫌な感じはあった。が、卒業式は晴れ!青空を見ながら、「なんだ、私の思い過ごしだったんだ~」と思った私は、楽観的過ぎた。

思えば、友だちと遊びに行くときも、雨の確率が高かった。私がいないと晴れることが多いのに、だ。多分、みんな薄々気付いていたのだろうが、優しいので何も言われなかった。だが、自分で気付いた以上、みんなの楽しみを邪魔するわけにはいかない。段々と、私は屋内施設の誘いにしか乗らなくなっていった。

それでも何故か、家族で出かける時はよく晴れた。どうやら両親は晴れ男と晴れ女らしいと知ったのは、ずいぶん後になってからだ。卒業式や入学式が晴れたのは、両親のパワーの方が強かったからなのかも知れない。
「デートはいつも快晴でね~。相合い傘なんて、憧れだけで終わったわ」
母は少し残念そうに言っていたが、私は贅沢だとしか思えなかった。

雨女の自覚が出来てからは、常に折り畳み傘を持ち歩いている。天気予報なんて当てにならない。「ところにより雨」なら、私のいるところが雨になるのだ。そう、今日のように。
「うわあ、雨だ!タイミング悪いなあ」
「嘘!降水確率、低かったよね?」
周りの声に肩身が狭くなる。ごめんね、私のせいで。心の中で謝りながら、何食わぬ顔で折り畳み傘を広げようとすると、
「あ、傘持ってるの?バス停まで一緒に入れてもらえないかな?」
同じ学科のリナが声をかけてきた。あまり話したことはないが、そう言えば、さっきの講義も前の方の席にいたような気がする。
「いいよ、私もバス停に行くところだから。今日の授業は終わり?」
「そう。この後バイトに行くから、ビショビショになりたくなくて」
「ああ、それは嫌だよね~」
私の大きいとは言えない傘に、二人で入って歩き出す。するとリナが、
「もっと傘、入ってよ。私に気を遣いすぎだよ!」
と、私の濡れた肩を見て言う。
「いや、何か申し訳ないからさ」
「え?傘に入れてもらってるの、私だよ」
キョトンとするリナの顔がおかしくて、私はつい打ち明けたくなった。
「私さ、雨女なんだよね。だから悪いなーと思って」
そっとリナの顔をうかがうと、何故かポカンとしている。
「アメオンナ?何それ?」
「え?」
今度は私がポカンとする。
「雨女、知らない?」
「うん、初めて聞いた。何、雪女の親戚みたいなの?お化け?」
いやいや、こんなタイミングで自分がお化けなんて告白はしないだろう、たとえ私がお化けでも。そもそも雪女はお化け?妖怪?幽霊じゃないのは確かだけど…って、そんなことはどうでもいい。
「いやいや、雨女は、何故かよく雨に降られる女ってこと。それまで晴れてたのに家を出た途端、とか、快晴続きだったのにちょうど出かける日だけ、とか。男なら雨男。で、雨とは逆に晴れるなら、晴れ男、晴れ女。ほんとに聞いたことない?」
私の説明に、何故かリナの目が輝きだした。
「それってさ、台風みたいな暴風雨ではないんだよね?」
「ああ、確かに、そこまでは酷くないな。何かやだな、っていうくらいの、タイミングが悪い雨って言うか…」
「じゃあいいじゃん!それって超能力?すごーい!格好いい!」
ブラボーとでも言いそうなこの反応は、完全に予想外だった。軽く面白がられるか、ちょっと迷惑そうにひかれるか、ただの思い込みだろうとあしらわれるか、それらの混ざった感じだろうと思っていたのだ。
「え?雨になる確率って、どれくらい?降水確率が何パーセントぐらいまでなら覆せるの?ゼロでも降るの?」
興味津々で矢継ぎ早に聞いてくる。
「いや、流石にゼロは…。あ、でも、『ところにより雨』って言われると、大体は降る」
「へぇーっ!面白いねー!」
私からすれば、リナの反応の方がよほど面白い。子どものようにはしゃぐリナを見ていると、何だか雨女も悪くない気がしてきた。

やがてバス停に着き、同じバスに乗ったが、リナは終始ご機嫌だった。授業の話やバイトの話、家族の話などをしていると、すぐに終点の駅に着いてしまった。
バスを降りると、リナは名残惜しそうに言った。
「また今度、ご両親の話も詳しく聞かせて!晴れ男と晴れ女の両親から雨女の娘って、めっちゃ面白いし、何かアニメ映画みたいだし」
私は、思わず苦笑いしながら応える。
「良いけど、そんな良いもんじゃないから、あんまり期待しないで。じゃ、バイト頑張ってね!」
「うん、ありがと。またね!」
小雨の中、駅に駆け込んで行くリナを見送ると、何故か心が軽くなっていることに気が付いた。ずっと憂鬱だった「雨女」の称号が、ちょっとだけ誇らしく思える。
「雨女も悪くないかも…なんてね」
小さく呟いて、私も帰りの電車に向かう。雨はもうすぐ止みそうだ。

(完)


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