公園で小説書いてたら知らないおじさんに泣かされた話(10月3日)
青い空。白い雲。優しい風。それだけあれば良い1日になる。
休日。
私は母の実家の近くにある公園に来ていた。晴れている日はいつも外で過ごす。自然が好きなのだ。
風に揺れる花。遠くに見える小学校の校舎。こういった景色全てが創作意欲を優しく刺激してくれる。
草むらの中にあるベンチに腰を下ろし、ポッケからスマホを取り出す。時刻は8時14分。先週までとは打って変わり、半袖だと少し肌寒いくらいの気候だった。
今日は真面目な短編小説を書く(つもりだったけどこのエッセイを書くことになったので延期)。
基本的に私は誘惑に弱いので、本気で趣味をやる時はWi-Fiの無い場所に来るのだ。
誰もいない平日の公園で、風を感じながら文章を書く。どこへ行っても空いているのは平日休み族だけの特権だ。
しばらく書いていると、隣に客が来た。黒と緑のド派手な毛虫だった。私の中指くらいのサイズはあったように記憶している。
「うにゃあ!」と叫んで飛び上がり、その場を離れた。
公園の北側の縁に沿って流れている大きな用水路を見下ろしながら、しばし歩く。名前の分からない魚や小さな亀がうごめいている。
この公園には昔、池があった。公園の面積の半分くらいはある、大きな池だった。
そんな池も今は跡形もなくなっている。さっきのド派手毛虫ベンチの周りと、今向かっている東屋の辺り以外は全て草が伸び放題になっているのだ。
不思議なことに、私以外の人はこの公園の池の存在を知らなかった。かつてこの近くに住んでいた母と、今も近くに住んでいる祖父母が口を揃えて「池なんてなかった」と言うのだ。絶対にあったのに。
東屋は少し汚くて、机に大きめの蟻がいたりした。椅子(石でできた切り株?)に腰を下ろし、またスマホで続きを書いていく。
やはり誘惑がないとスラスラ書ける。本格的なホラーを書いてみんなを怖がらせてやろう。おねしょさせてやろう。そんなことを思いながらフリック入力をしていた。
少し経った頃、赤い自転車が視界の端に映った。思わず目を向けると、ひと目で自転車ガチ勢と分かる格好の60代前半くらいの男性が乗っていた。
男性は東屋から少し離れたところに駐輪し、こちらへ歩いてきた。
「こんにちは」
「っ!? こんちちはぁ!」
まさか声をかけられると思っていなかったのと、朝から「うにゃあ!」以外の言葉を発していなかったせいでちょっぴり変な声が出てしまった。
「よっこいしょ」
男性は机を挟んだ向こう側の、私の斜向かいの席(切り株)に腰を下ろした。
男性は何をするでもなく、ただ座っていた。休憩しに来ただけかとも思ったが、何か言いたそうな顔をしている気がしたので私はスマホを置き、男性に話しかけた。
「旅ですか?」
先述した通り男性は100%通勤中ではない、完全なる自転車マンの格好をしていた。
「ああ、時間が出来たもんでね」
「退職されたとか?」
「うん。先日妻が亡くなってね。もう僕ひとりだから今ある貯金で十分かなって、思い切ってやめちゃった」
「そうなんですね⋯⋯。どちらから来られたんです?」
私はあまり人に「ご愁傷さまです」と言わない。通夜や葬式なら別だが、こういった場面では取ってつけたように感じるからだ。あまりに便利な言葉というのは自分の気持ちが乗りにくいように思うのだ。
「○○市から」
「○○市ですか!?」
予想外に遠すぎる答えに思わず笑ってしまった。ガチ自転車ってそんなに走れるのか。私は中学生になった時に買ってもらったのが最後の自転車だから分かんないや。
「4時から走ってる」
「4時!?」
この旅人、面白すぎる。
「実は僕達、昔このあたりに住んでたんだ。もう20年は前かなぁ。その頃はこの公園も半分以上池だったんだけどねぇ」
「やっぱり! ですよね! ここ、でっかい池ありましたよね! なんか小さい頃に来た時の記憶があったんですけど、みんななかったって言いやがるんで!」
興奮しすぎて「ありえない確率ヤムチャが天下一武道会で一回戦突破した時くらいありえないよ」の人レベルの早口で喋ってしまった。
「もちろんだよ。だってそこに、橋があるじゃない」
男性の指さす方を見てみると、伸びっぱなしの雑草の中に小さな橋が見えた。
「ほんまや!」
嬉しさのあまり心の中のさんまが顔を出してしまった。私の身長くらいのクソ短い橋がちゃんと残っている。嬉しい。
「あそこの小学校、見た目はけっこう変わっちゃったけど、僕の母校なんだ。そこの川でよく魚をとって遊んだなぁ⋯⋯」
そこの川というのは先程紹介した、この公園に沿って流れている用水路のことだ。昔はフェンスがなかったのだという。
「懐かしいなぁ」
男性はそう言うと、静かに涙を流し始めた。
「妻と過ごした場所を回ってみようと走ってきたけど、やっぱり寂しいなぁ」
「寂しいですよね」
「君はいい子だねぇ。僕なんかの話をこんなに聞いてくれて」
「僕も同じですから⋯⋯」
私も5年前に当時付き合っていた彼女を亡くしているので、この人の気持ちも少しは分かるつもりだった。
彼女の死後、私は彼女とよく行った場所に足を運ぶことが出来なくなった。辛くなるのだ。この人も今、そういった気持ちになっているんだと思った。
それでも、今やっている男性の旅が間違っているとは思わない。こうして流した涙は、心から奥さんを愛していたという証に他ならないと思うからだ。
というようなことを伝えると、男性はボロボロ泣き始めた。自分で言っててアレだけど、私もなんか色々思い出してもらい泣きしてしまった。
大人2人でおいおい泣いていると、視界の端に動いているものが見えた。思わずそちらに目をやると、男性の自転車をガキンチョがベタベタ触っていた。隣には母親もいた。注意せんの?
「全く最近の親は⋯⋯」
私が頑固ジジイみたいにそう言うと、男性が「まあまあ」といった感じで私を宥めた。あれ、なんで私が怒ってんの?
しばらくベタベタしたガキンチョは満足したのか、母親と一緒に歩き出した。
「よし、じゃあそろそろ行こうかな」
「どこまで行くんです?」
「一応、京都!」(※現在地:愛知県)
「京都!?」
この旅人、面白すぎる!!
「元気が出たよ、ありがとう! またね!」
「また!」
知らない人と「またね」と手を振って別れたのは初めてな気がする。また会えるといいな。また会って本当に京都まで行ったのか聞いてみたい。
男性と別れてから私はそれまで書いていた小説の執筆を中断し、忘れないうちにこのエッセイをしたためた。
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