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【狂い昔話】もんもんたろう

 むかしむかしあるところに、おじいさんとおばあさんがおりました。
 おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯にいきました。

 おばあさんがジジイのションベンみたいなちょろこい流れの川で、生命の絞りかすのような薄汚い垢の塊2つが今朝まで着ていたボロ切れをじゃぶじゃぶと洗浄していると、川上から〈どんぶらこ、どんぶらこ〉と全身刺青だらけの大男が流れてきました。

「まあ、大きな人!」

 驚いたおばあさんはすぐに大男を拾い上げ、洗濯物を置きっぱなしにして家に帰りました。

「ばあさんや、なんじゃそのヤクザもんは」

「川で拾ったんです。さっそく食べましょう」

 おじいさんがドスで大男を切ってみると、中からそれはそれはかわいそうなくらいブサイクな、全身刺青まみれの赤ちゃんが出てきました。

 2人はこの生まれたてのヤクザ者を紋々もんもん太郎と名付け、大男の残りの部分を平らげました。ゲップは30回したそうです。

 紋々太郎が10歳になった頃、彼の背後にうっすら人影のようなものが見えるようになりました。
 村の人々はそんな紋々太郎を気味悪がり、家族共々村八分にしました。

 それから4年が経ち、紋々太郎の背後の人影がはっきり見えるようになりました。なんと、おばあさんが14年前に川で拾った、全身刺青だらけのあの大男だったのです。

「俺ァこいつの背後霊ケツモチだ」

 ヤクザの背後霊はヤクザなのです。

 この頃、この国の勢力は大きく変わっていました。
 おじいさんとおばあさん、紋々太郎以外の村人はすべて鬼ヶ島に移住し、全員敵となっていました。

「おじいさんおばあさん、鬼ヶ島へカチコミかけてきます」

 紋々太郎はおじいさんとおばあさんのために鬼ヶ島を村人もろとも葬り去る気でいます。

「紋々太郎や、これを持っていきなさい」

 おばあさんは何かが入った巾着を紋々太郎に渡しました。
 さっそく紋々太郎は巾着袋にストローを突っ込み、吸引しました。

「へろへろへ〜」

 上機嫌になった紋々太郎は『肉まん100円セール中!』の旗を掲げながら旅立ちました。

 紋々太郎が森を歩いていると、辺りからゴソゴソと音がしました。

「誰かいやがるのか!」

 紋々太郎が怒鳴ると、草むらから全身刺青まみれの大男が出てきました。

「おい兄ちゃん、それ全部売ってくれ」

 大男は紋々太郎の巾着袋を指さして言いました。

「ぺっ」

 紋々太郎は大男の顔に唾を吐きました。これが彼の答えなのです。

「なんだこのガキァ!」

 襲いかかる大男に1歩も退かない紋々太郎。

「ぺっ」

 唾は紋々太郎に地面を吐き、持っていた真っ二つで刀を大男にしました。

 すると、大男の中からそれはそれはかわいい玉のような男の子が出てきました。
 紋々太郎はその子を『よしこ』と名付け、お腹のポケットに入れて旅を続行しました。

 またしばらく歩いていると、木の上から「僕なんかダメだ。もう死ぬしかないんだ。なんの役にも立てないんだから死ぬしかないんだ。そうなんだ」という天狗の声が聞こえてきました。

 紋々太郎は天狗に巾着の粉を吸わせてあげました。

「紋々太郎さん、ありがとうございました。おかげで気分が晴れました。どうか旅のお供をさせてください」

 こうして天狗が仲間に加わりました。

 天狗は度々言いました。

「紋々太郎さん、殺したい奴とかいます? すぐ殺って来るんで、いつでも言ってくださいね」
「紋々太郎さん、僕、あなたのためなら死ねます」
「紋々太郎さん、好きです」
「紋々太郎さん、大好きです」
「紋々太郎さん、あなたのために死なせてください」
「紋々太郎さん、殺したい奴教えてくださいよ」

「うるせぇ!!!!!!!!!!」

 堪忍袋の緒が切れた紋々太郎が爆発しました。

「やっぱり僕、邪魔ですか⋯⋯?」

 目に涙を浮かべながら質問する天狗。

「いや、その、なんだ⋯⋯うん、邪魔だ」

 紋々太郎はハッキリと自分の意見を言いました。

「あばよ。お前のせいで俺は死ぬんだ。十字架を背負って生きていけ」

 天狗はそう言って自ら首を折って死にました。

「ちょうど腹減ってたんだ」

 紋々太郎は喜びました。
 その夜は天狗を丸焼きにして食べたそうです。ラーメンの味がしたといいます。

 次の日、紋々太郎が歩いていると、空から「おいお前! ここを誰のシマだと思ってんだ!」という声が聞こえてきました。

 声のするほうを見てみると、キジが1羽飛んでいました。

「じゅるり」

 紋々太郎は天狗の味を思い出しながらヨダレを垂らしました。天狗もキジも同じ鳥ですからね。

「ここで何してんのかって聞いてんだよ」

 キジが怒っています。

「鬼ヶ島に行くために通っていただけです」

 紋々太郎は正直に答えました。

「ならよい」

 キジは見逃してくれました。

「俺にもあんな時期があったなァ⋯⋯」

 キジは紋々太郎達を見送りながら呟きました。前からよしこ、紋々太郎、背後霊と背の順に並んでいるのが微笑ましかったのです。

 なんやかんやで岸に着きました。ここからは小舟です。

「うぅー!」
「うぎゃー!」
「きゃーっ!」

 鬼ヶ島から男女の悲鳴が聞こえてきます。

「せまいー!」
「つぶれるー!」
「ぺらんこになりゅぅぅう!!」

 島に近づくと、彼らの悲鳴の原因が分かりました。
 村人が全員鬼ヶ島へ移住してしまったせいで人口密度がとんでもないことになっていたのです。

「あ! 舟だ! おーい! 助けてくれぇ!」
「乗せてくれぇー!」
「乗せろー!」

 鬼と村人たちがこちらに向かって叫んでいます。

「やだねー! 勝手に死ねバーカ!」

 紋々太郎はそう言って引き返しました。
 過去さんざん彼ら3人をいじめ抜いた村人たちなのです。出来るだけ苦しんで死んで欲しいと紋々太郎は思いました。

 帰り道、紋々太郎は伝説の彫り師に出会いました。

「うっす」

「ちっす」

 すれ違いざまに簡単な挨拶をしました。

いたっ」

 一瞬背中にチクッと痛みを感じた紋々太郎は、すぐに振り返りました。しかし、そこには誰もいませんでした。なんだったのでしょうか。

 それから紋々太郎はよしこをその辺の草むらに投げ捨て、おじいさんとおばあさんの元へ戻りました。

「おかえり紋々太郎!」

「ばーさんが心配しとったぞ!」

「おじいさんもじゃないですか!」

「はっはっはっはっは!」

 仲睦まじい夫婦が紋々太郎を出迎えます。

「ただいま戻りました」

 紋々太郎はクロックスを脱いで家に上がりました。
 それを温かい目で見ていたおじいさんが突然叫びました。

「おい、紋々太郎、それは!」

 おじいさんが紋々太郎の背中を指さして固まっています。

「まぁ⋯⋯なんてこと!」

 おばあさんは両手で口を押さえ、涙を流し始めました。

「ん? なに?」

 紋々太郎には訳が分かりませんでした。

「いや、いいんじゃいいんじゃ、ありがとうな、紋々太郎⋯⋯」

「本当にいい子を持ちましたね、私たちは⋯⋯」

 紋々太郎の背中には『おじいさん、おばあさん、いつもありがとう』という刺青が増えていましたとさ。めでたしめでたし。

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