終わりに向かう父
もはや何の反応も無くなった父。呼びかけにも応えない。横になったまま、息をするだけである。
「喉で呼吸をしているでしょう」医師が言う。「近いということです」。意思に関係なくあふれる涙を拭う。
私は気分が悪くなり、4回吐き戻した。今からこんなことでは、先が思いやられる。父の寝息を聞きながら横たわる。
昨日は父と中高6年を共に過ごした旧友が2人訪ねてきてくれた。1人は医師、1人は京大卒のエリートだが、全く偉ぶることがない。
しきりに父の名前を呼びかけ、「6年間楽しかったなぁ」「彼の人間性は素晴らしい」と涙ぐみながら話してくれた。父の人徳でこんな素晴らしいお友達が来てくれたのだと思った。
階段を転げ落ちるように急速に悪化していく父の病状。がんというのはこのような病気だという。それにしても、ほんの1週間前まで自力で歩き、ベランダでこっそりタバコを吸っていたのに。
ブラシで伸びた父の髪をとかしてやり、手にクリームをすり込む。開きっぱなしの父の口に、楽しみに取っていたブルーマウンテンを浸してやる。
残された時間はあとわずかになった。器用な父のことだから、三途の川を渡る舟を自分で作っているのかもしれない。
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