金と銀
彼とよく行っていたごはん屋さんに、
ふと思いたち一人で行ってみた。
いつもの特選海鮮丼、
いつも通りの盛り付け。
もちろん、私の愛してやまない
サーモンもしめ鯖もあの頃と変わらない味だ。
変わったといえば
シェフがオーナーの男性らしき人から、
接客担当であった奥さんらしき女性になっていたことくらいだ。
たしかに、彼女の接客は淡泊で
無愛想だなとすら感じていた私にとっては、
そのことに大して驚きはしなかった。
私は箸を進める。
残り半分程になったところでなんとなく思った。
こんなに美味しいのに、なにか物足りない。
元彼とは、「別れよう」など告げられることも無く音信普通になり、いわゆる自然消滅をしてから約3ヵ月経つ。
その間、寂しさを埋めるように様々な男性と関係を持ったこともあってか、近頃の私は彼を思い出すこともほとんどなくなり、もうすっかり吹っ切れたとすら思っていた。
しかし今まさに、彼の大好きだったこの特選海鮮丼を食べながら何が足りないのか気付かされてしまった。
隣で大袈裟に目を見開き、
「美味しい」と嬉しそうに口に運ぶ"彼"がいないのだ。
普段から彼は美味しいものは美味しい、
不味いものは不味いとあからさまに口にする人だった。
私はそれが当たり前で、
特別気にしたことはなかった。
別れてから気付くとはこういうことなのか、
と私は並々注がれた麦茶を一口飲んだ。
私はまた一つ彼の好きなところを
見つけてしまったのだ。
なんて今更だ、と思う。
そんなことを考えながら、最後の一口にとっておいたサーモンを口に運んだ。
彼は元気にしているだろうか。
もう会うことも、連絡を取ることも無いのだろう。
私は席を立ち、お会計を済ませ、
気付いてしまったこの気持ちとともに店を出た。
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