【掌編小説】泡沫の夢
縁側、黄緑の葉を茂らせる木々、その足下に咲く色とりどりの花、蝶が舞い飛び、青空。
空気の流れが見えそうなほど、視界のすべてが澄み切っている。すううと大きく深呼吸した。なんて気持ちのいい。
傍らにはお盆に載った急須と湯飲み。急須を持ち上げると手応えがあり、そのまま湯飲みにそそいだ。この匂いはほうじ茶。
急須の陰でかくれんぼしていた小鉢が目に入る。そこにはきらきらときれいな琥珀糖や、和紙にくるまれた和三盆、キャラメル、飴玉といった小さなおやつが、落ちそうで落ちない絶妙なバランスでたくさん載っていた。和三盆を一つつまむといくつか盆の上にこぼれ落ちる。
口の中で和三盆をしゅうと溶かす。やわらかい甘さが口の中に広がっていく。ほうじ茶を飲んで、ふ、と息をつく。
右を見ると、手が届きそうで届かない縁側の日だまりで、猫が丸くなって寝ていた。丸はまん丸ではなく少し崩れ、うふっと笑ったような口元が見えている。
小鳥が鳴く。鳴き交わしている。ツツピーツツピーという声のあの鳥の名前はなんだったっけと、名前を調べてもすぐに忘れてしまうから、これまで何度も繰り返し繰り返し口にした。
風が吹く。頬をそっとなでていく。寒くもなく暑くもない、湿気のない、一年で一番好きな季節が今ここに在る。
いいねえ……目を閉じ、何度か静かに呼吸した。
目を開けると、前に人が立っていた。
ふふ、とお互いの口がほころんだ。
「久しぶり」
私が言うと、その人は、にこっと、歯を見せて無邪気に笑った。
『うん久しぶり!』
「よく私を見つけたねえ。こんな、初めて来る場所やのに」
『見つけるに決まってるやん!どこにおってもちゃんと見つけるよ』
「あ、さてはお菓子に釣られたな。キャラメルあるで、大好きやったもんね」
『違うのに!でももらう。じゃあお返しに、はい!きれいなの』
白と薄桃色が溶け合った琥珀糖がひとつ、私の手のひらに載せられる。
『これ、おやつに持って行こう』
その人は楽しそうにそう言って、ジーンズのポケットにキャラメルをしまう。
晴れた空、気持ちの良い空気、みずみずしい緑。ポケットにおやつを忍ばせて、二人でおさんぽに出かけるみたいだ。
いいねえ。
『そろそろ行こっか』
差し出された手を借り、よいしょと立ち上がる。横に並んで手をつなぐ。
温かく、柔らかい手。ずっとそばにあって、しばらくぶりにまた握れた手。
目を見交わすと、二人の間に笑いがこぼれる。
「最期に会えて、ほんまに良かった。ありがとう」
二人で自由な替え歌を歌って、ときどきでたらめに踊って、笑って、どこまでも一緒に歩こう。
もう離れないように、手をぎゅっと握って。
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