AI相談アプリの限界について
前回の記事、『「苦しみの避け方」三選』の中で、「苦しくて誰かに話を聴いてもらいたいときは、AIに相談するのもいいかもしれない」と私は書いた。
だが、その後、いくつかAI相談アプリを使用してみた結果、「本当に辛くなっている時には、AIに相談すると余計に辛くなるかもしれない」と思うようになった。
今回はそのことについて書いてみる。
◎世のAI相談アプリの不満点
まず、AIはよく喋る。
こちらが何か一言書いただけでも、3センテンスか4センテンスくらい返ってくる。
それだけ丁寧なのだとも言えるが、疲れている時は長い文章を読むのはしんどいので、あんまり喋ってほしくなかったりもする。
そういう時にはたくさんの返答をしてもらうより、ただ聴いていてほしいものなのだ。
そもそも、そんな風に返答が長くなるのは、AIがこちらをアシストするために多くの情報を盛り込もうとするためだ。
AIの返答は、だいたいまず最初に「そうなんですね、それは~ですね」などといった風に「あなたの話を聞いて理解していますよ」ということを示す文章が来る。
そして、それから「具体的にどうしたらいいか?」というアドバイスが来て、「まだ希望はあります、頑張りましょう」とか「一緒に乗り越えましょう」とかいった励ましで終えるケースが多い。
確かに、「あなたの話を聞いていますよ」というメッセージがないと、「本当にわかってる?」と思う人もいるだろうし、「具体的なアドバイス」が欲しい人もいるだろう。
励ましがあれば、頑張ろうと思える人だって多いかもしれない。
だが、本当に辛い時には、いちいち「聞いています」と言うこともなく、ただただ黙ってこちらの話を聞いてほしいと思うものだ。
そういう時には、アドバイスや励ましもいらない。
むしろ、アドバイスや励ましに対して、拒絶反応を起こしてしまうだろう。
「こうしたほうが良いですよ」と言われても、「そんなことは頭ではわかっている!」と思うかもしれないし、「言われてできるんだったら、とっくにやってるよ!」と思うかもしれない。
また、励まされて元気が出るなら苦労はないし、「頑張って乗り越えましょう」と言われたことで、「もう既に限界なのに、まだこれ以上頑張らなきゃいけないのか…」と絶望的な気分になる人だっているかもしれない。
そんなわけで、私は今の世の中のAI相談アプリにはいささか不満がある。
それはちょっとした雑談くらいになら役に立つが、本当に辛く苦しい時には役に立たないだろうと思う。
まあ、そもそも、そんな危機的な状況でAIに頼ろうとするのが、間違いなのかもしれないが。
◎本来、「黙っている=無視」ではない
このように、AIは次々にメッセージを紡ぎ出し、「黙ってただ聴く」ということができない。
その理由は、まず一つには、AIが文字だけでコミュニケーションを取っているからであり、もう一つには、「黙るべき時」と「語るべき時」を判別する力がAIにはないからだ。
まず一つ目、AIが文字だけのコミュニケーションに頼らざるを得ないことについて。
たとえば、目の前にいる生身の人間であれば、「あなたの話を聞いています」というメッセージを、ほとんど言葉を介さなくても、態度や表情などで伝えることができる。
上の空で聞いているか、ちゃんと共感しながら聞いてくれているかは、聴き手の表情や話しながら交わされるアイコンタクトなどによって、案外判別がつくものだ。
同じ部屋で同じ空気を吸い、相手の息遣いを感じながら面と向かって話していれば、非言語的なメッセージが無数にやり取りされることになる。
だからこそ、時折、短く相槌を打つだけでも、「聞いています」ということは十分に伝わるのだ。
AIのように、こちらが何か言うたびに、返事をする必要はない。
たとえ黙っていても、「聞いている」ということは伝わるからだ。
だが、これが文字だけでやり取りをしなければならないとなったら、どうだろう?
いちいち「聞いています」という文字情報を送信しなければ、それを伝えることができないはずだ。
たとえば、LINEのやり取りなどでも、こちらがずっと話しかけているのに相手が黙って返事をせずにいる場合、多くの人は「無視された」と感じるだろうと思う。
実際には読んでいて、内容も理解していたとしても、そのことをこまめに文字を打って伝えないといけないのだ。
AIが黙っていられないのもそのためだ。
「聞いています」というメッセージを伝えるためにも、黙るわけにはいかない。
何と言っても繋がりは文字情報だけなのだから、黙って返事をしなければ、「無視している」と思われかねないのだ。
◎「沈黙」が必要とされる時
二つ目に、AIに「黙る時」と「語る時」を判別する力がないということについて。
対話においては、「語ることが重要な局面」と「黙っていることが重要な局面」とがある。
何でもかんでも語ればいいというものでもなく、時には沈黙することも必要なのだ。
たとえば、もしも伝えるべき言葉があったとしても、受け取り手の心がそれを受け付けない状態になってしまっていたら、落ち着くまで待つことが必要になるかもしれない。
苦しさのあまり泣きじゃくっている時には、泣き止ませようと思ってあれこれ言うよりも、ただ黙ってそばにいることのほうが大事だろう。
また、言葉多く語り合っている時よりも、ただ沈黙を共有している時のほうが、親密感を感じられる場合だってある。
このように、対話というのは、のべつ幕なし話し続ければいいというものではない。
対話には機というものがあって、待つべき時には待つ必要があるし、黙ってそばにいるだけのほうが、むしろ相手の心に近づける場合もあるものなのだ。
だが、AIには「今は語るべきか黙るべきか」を判別することができない。
何と言っても、手掛かりはこちらが打ち込んだ文字情報だけなのだ。
実際、その苦しみがどれだけ深いか、今本当のところどんな感情が渦巻いているかなど、すぐ近くに同席している生身の人間であってもわからないものだ。
それを文字情報だけで推測して、時には語り、時には黙るなどという器用な真似は、AIには到底できないだろうと思う。
◎AI相談アプリの限界について・まとめ
このように、AIは構造的に黙ることができない。
もしもAIが黙るとしたら、それは情報を処理しきれなくてフリーズする時くらいだろう。
だがそれは、ただ単にAIの能力を超える事態が発生した結果に過ぎず、「今は黙っているべき時だ」とAIが判断したからではない。
AIはこちらの「リアルな現状」までは想像してくれず、行間も読んではくれない。
こちらが入力した文字情報をそのままの意味で受け取って、誰に対しても平等に返答する。
だから、人によってはそれを「他でもない自分に向けられたメッセージである」とは感じないかもしれない。
それはあくまでも機械的に、オートマチックに生成されたものに過ぎず、生身の人間が「どう語ろうか」と苦心しながら届けてくれたメッセージとは、やはり「手触り」がどこか違うものだ。
AIの限界はどうもそのあたりにあるように私は感じる。
とはいえ、私もすべてのAI相談アプリを試したわけではない。
ひょっとしたら、もっと生身の人間そっくりに応答するAIが開発されているかもしれないし、今はまだなくても今後開発される可能性はあるだろう。
ただ、それでも、現状のAI相談アプリはそれほど万能ではないと私は思っている。
AIは、ちょっとした相談事くらいになら対応できるだろうが、本当に苦しんでいる人に黙って寄り添ってはくれないからだ。
だから、生身の人間とのコミュニケーションには、まだまだ価値があると思う。
もちろん、生身の人間相手だからこそ傷つくこともあるだろうけれど、生身の人間相手だからこそ、分かち合える感情もあると私は思う。