拝啓 世のおじさんたちへ③

「気を取り直して、いただきます」
鱈の煮付けに箸を伸ばし一口食べる。「うん、美味しい」。しょっぱすぎず甘すぎず。柔らかさも良く、箸で一口サイズに割ってできるほどで味付けも濃すぎず食べやすい。味噌汁は豆腐とわかめの王道な味噌汁と、家庭の味を小さな幸せのように噛み締めながら味わった。いつも妻が作ってくれる料理は美味い。そうは思っているのだが、あまりそれを口にしたことがない。たまには褒め言葉を言ったほうがいいのだろうか。そういえば最近ニュースでも見たことがある。「夫が妻を褒めるコツ」という内容で、手料理を褒められることが嬉しいと感じる女性が多いそうだ。だが料理然り、褒められることは何だって嬉しい。今日くらい一言声をかけてみようかな。

「今日の仕事はどうでした?」
寝室から戻ってきた妻が声をかけてくれた。
「実は重要な話しが一つあるんだ。夕飯食べながらでもいいかな」
「あら、珍しい。いつも話しを聞きたくて質問をしてもたいしたこと話さないくせに」と妻は楽しげな感じで言ってみせた。
「じ…実はな、部長に任命されたんだ」
私は普段話すこともない重要な話題に対し、少し気恥ずかしい部分があり、どもりながら話し始めていた。
「ほんとに!?凄いじゃない!長年働いてきたからようやくって感じね」
社員から同じ祝福の言葉をもらいありがたいと思っていたが、改めてこうして妻から言われることが一番嬉しく感じることができた。それくらい特別な響きだった。
「でも部長になれって言われても、あまり実感がなくてだな。自分にはもったいないというか、なりたくないというか」。もう一つ、自分の本心をありのまま伝えてみることにした。それに、これが自信の無い自分を妻に叱ってもらいたかったということはわかりきっていた。
「その役職に選ばれたんだから、責任を持って仕事をすることよ。あなたの言い方じゃ、まるで責任感が感じられないわ」。
案の定、妻は少々呆れている様子だった。普通そうだ、昇進を喜ばない男がいること自体がおかしい。
「今はわからなくても、徐々にあなたが何をすべきかわかってくるんじゃない?」
「良い製品を販売して、信頼と実績を築き上げていって・・・」
「違うわよ、あなたほんと頑固な頭してるわね。まあ、そこがあなたの良いところでもあるんだけどね」
相変わらずな私に対し、やれやれといった表情で言う妻であったが決して悪い気はしなかった。

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