拝啓 世のおじさんたちへ②

 私が部長へと昇進したのは日は、さらに遡って7年前のことだった。部下からは祝いの言葉をもらい、上司からは会社に貢献した功績を称えての昇進であると伝えられた。長年仕事をしていく中で自分に与えられた仕事を続けてきたのだが、それが当たり前だと思っていた。企業がよくなるために仕事をすることが楽しかったが、“昇進”という言葉はあまり好きではなかった。好きではないというか自分には似つかない響きに申し訳ない気持ちがあった。企業のために頑張りたい気持ちは誰よりもある。しかし偉くはなりたくなかったし、どうにも落ち着かなかったのだ。

 私は自宅に帰り、このことを妻に伝えることにした。自分が部長になったこと、そして偉くなんかなりたくなかったことも。
「ただいま」
「おかえりなさい」と、いつも通り、妻の返答が聞こえた。妻の名前は美穂。私より3つ上で、彼女が30歳のときに結婚をした。温厚で気さくで家事もこなせる。この時の美穂は48歳で、自宅でも仕事ができる在宅勤務ということをしており、その仕事ぶりは優秀でいわゆる“できる妻”だった。おまけに美人という点においても、私にはもったいないくらいの存在だった。
リビングへと向かうとテーブルには夕飯の仕度がされており、いつでも食べられる状態だった。ソファーに座りテレビを見ていた妻が立ち上がり、私の鞄を預かってくれる。いつも通りの光景に少し安心することができた。
「おかえりなさい。今日はあなたが好きな鱈の煮つけにしたわ」
テーブルを見るとの鱈の煮付けのほかに青菜のごまあえ、味噌汁と、私の好物が並べられていた。
「ちょっと待ってね、今温め直しますから」
「いや、自分でやるよ。悪いけど上着だけかけてきてくれると助かるな」
「そう、じゃあお願いするわ」
妻に上着を渡し、夕飯を食べることにした。
「あっ!ちょっと待った!」と上着をかけようと寝室へ向かおうとした妻が思い出したかのように声を上げた。
「なに、なんかまずいことでもあった?」
「まず手を洗う。いつも言われないとできてない!」と人指し指を差されながら注意された。
「はいはい、すみません」
「“はい”は一回!」
「はい、すみません」
結婚前から妻は何かと私のダメな部分を指摘してくる。だから自分は尻に敷かれる旦那さんになるんだろうなと思っていたが、10年数年変わらずこんな感じだ。私はそそくさと洗面所へと向かい、手を洗ってから再び席に着いた。

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