【読書探訪】魔都、上海を生きる。 『上海、かたつむりの家 / 六六 』
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小説の舞台は2010年開催予定の万博を目前に控えた上海。同年は中国のGDPが日本を抜き、世界第2位となった年でもある。
中国らしいスケールの大きな話が読みたいなら本作を読むべきだ。お金の使いっぷりが素晴らしい。日本でなにかと話題にのぼる「パパ活」も上海となるとスケールが違う。
一方で市井を生きる人々の、気合入りまくりの必死の節約もおもしろい。少しでもローンを返すためなら節約のあまり体調が壊れることもいとわない。
登場人物がことごとく「よそ者」なのも特徴だろう。生粋の上海人はおらず、みな乾坤一擲の意気込みで乗り込んできた地方組だ。
また「女性」もテーマだ。失敗だらけでも自己を確立した女性と、何かにすがらないと生きられない女性。中国流の「カルマ」が伺い知れて興味深い。
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物語の舞台である上海は”土地高騰”の真っ只中だ。中国の「不動産バブル」は度々報道にあがる。その背景には中国独特の土地制度がある。
というのも中国の土地はすべて国有で、地方政府は”土地使用権”なるものを独占する。それを民間に切り売りすることで、土地の供給を調整し、かつ財政収入とする。これは地方政府にとっては非常に重要な財源となる。
野心的な地方政府によっては、企業と組んで大規模な工場を整備し、地域の成長を図る場合もある。Apple parkやTesla Giga Factoryを想起させるような、大規模EV開発拠点や工場が立つ合肥市などがその例だろう。
土地開発はデベロッパーの仕事だ。彼らは土地入札に群がり、見事契約を勝ち得ると開発に乗り出す。商業銀行はそんなデベロッパーを支援し、融資する。市民はデベロッパーが開発した宅地を、商業銀行で住宅ローンを組んで購入する。
地方政府、デベロッパー、商業銀行、市民、そしてそれらすべてを俯瞰する中央政府。これらが織りなす不動産市場という名の巨大な歯車が回ることで、中国は成長してきた。
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この成長サイクルの核心は”土地の価値が高まる”ことにある。
不動産価値が高まるからこそ、地方政府は高値で土地をデベロッパーに売ることができ、地域成長のための予算を確保する。デベロッパーは商業銀行から多額の融資を受けるが、土地が値上がるから売却額で借金を返済しつつ、利益をあげられる。
ただこの仕組みが、狂乱を招く。
土地価格が上昇のあまり一般市民には到底買えなくなる。宅地が開発されすぎて売れ残る。商業銀行が融資したデベロッパーや市民へのローンが天文学的な額に膨らむ。。。
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中央政府は対策に忙しい。
「三条紅線」という政策がある。
2021年1月から実施中のこの方針で、融資の引き締めを図っている。
背景にあるのは「先富論」(富めるものからまず豊かに)から「共同富裕」(貧富の格差是正、みんなで豊かに)へという中央政府の一大転換だ。2020年以降、アントやDiDi等々のテック企業に見せた締め付けが印象的だ。
「上海、かたつむりの家」はまさに先富論の絶頂期の話と位置づけられるかと思う。
時代の転換点にある中国を生きるリアルがここにあった。
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