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つまみぐい、バーテン

ぱく、ぱくと擬音語をつけたら、そんな感じ。

マスクの下で、口を釣り上げられた魚のように開いたり閉じたりしてみる。

初めて来た、繁華街の中にひっそりとある、岩陰に隠れるウツボ的な、そんなような店。のバーテンダーは推定五十歳、おそらく男の人。見た目と中身の性別は異なる可能性もあるから断言できないけど、きっと、多分、男性、なんて思いながら、喉の動くのをじっと見つめる。形のいい唇と、それから器用そうな指。バーテンの手元でさくさくと切られていく梨の、ひとかけ、ふたかけくらいがバーテンの腹の中で蠢いている。

「何飲まれます」

口に放り込んだものを嚥下してからバーテンは、そう尋ねてきた。

「海っぽい見た目のやつ、ください」

笑い皺のくっきりと浮かんだ顔に、ウツボよりも、イルカとか、アシカとか、そっちのほうがよかったかも、と思い直す。奇妙な注文に動じないバーテンははい、と返事をして、手元の果物を皿に移した。

お通しに出てきた果物は、バーテンの口内とおなじ。みずみずしくて、すっきりした甘さのそれは、胃に到達する前に身体中に染み込んでいく、ような気がする。バーテンがぱくぱくと口に運ぶのも、なんとなく分かる気がした。

バーテンはわずかな笑みを貼り付けたままだ。手元では氷が砕かれていく。ぼんやりと、その目元、口元、喉元を順番に眺めた。水族館にいるときの、あの、遠く、水の、その中を眺める感覚と類似している。

「お待たせしました」

青の水面に浮かぶ、つるりと赤く輝くさくらんぼ。差し出されたそれは、自分よりもバーテンの体に溶け込むべきだと思った。

「マスター、これ食べます?」

「もういただきましたよ」

口内から出てくる種を想像して笑うと、バーテンもつられるように目をぎゅっと瞑って笑った。


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