深夜のドアホン

一人暮らしの週末ほど気楽なものはないとよく言ったもので、深夜までゲームはするわ、昼過ぎまで寝ているわと、とにかく時間を湯水のごとく使っては月曜日の朝を迎えて絶望を繰り返している、そんな日々を送っております。

毎週のようにそんな具合で夜更しに励んでいたのですが、この土曜日だけは違いました。
友人同士のグループ内で唐突に、明日朝出発の弾丸日帰り旅行が発足するという、稀なことがその日の夜に起こったのです。
といっても、今回のお話は旅行先ではなく、「では早く寝て備えないといけないね」と約束しあって解散してから出かけるまでの出来事です。

明日の7時に駅で待ち合わせてレンタカー。そう決まったのが、深夜11時のことでした。
12時に就寝できれば、6時間たっぷり眠れる算段です。
ゲームを切り上げ、歯を磨き、スマホに5分刻みでアラームをセットして枕元の充電ケーブルに繋ぎ、ちょっとSNSを眺めて、壁の平たいスイッチを押して、部屋の電気を消しました。

しかし、眠れません。

実はこの日も、通話しながらやるゲームが盛り上がった反動での14時起き。

体にだるさはあるのですが、すっかり目が冴えてしまっていて眠れる気がしませんでした。

真っ暗なワンルームには、スリープしたPCのライトだけがちかちかと灯っています。
なんとか眠れるよう、枕元のスマートフォンで動画アプリを開き、トーンが落ち着いた配信者の生放送アーカイブを聞いたり、Lo-Fiのステーションを掛けてみたりしてみました。
普段はそれでいつの間にか眠っているのに、自分の姿勢や、枕の形や、タオルケットからはみ出そうなつま先に意識が向いては覚醒することを繰り返してしまいます。

ふとスマホの時刻表記に目を向けると、3時を回っていました。
これは寝たら起きられないし、寝られなくても明日まともに行動できないかもしれない。
そう思ったので、保険として『寝れんわ……朝連絡なかったら置いていって』とグループにメッセージを投げました。

そのまましばらくベッドの中でうだうだしていましたが、一向に眠気がこなかったので、諦めて徹夜で旅行に行くことを決めたのです。

起きて、旅行先のことを調べて、寝落ちしないような激しいアクションゲームをしよう。

スマホを電源ケーブルから抜いてベッドから起き上がり、部屋の電気をつけるために輪郭だけの暗い部屋を数歩歩いて壁のスイッチまで向かいます。

手探りでぱちんと照明スイッチをたたいたつもりだったのですが、いつもと異なるコツンとした感触ではっとなります。
同時にパッと目の前で点灯する、四角いモニター。

私は、部屋の照明スイッチと上下に隣接した、ドアホンの通話ボタンを押してしまったのです。

映し出されたのはもちろん、見慣れた自分の住むオートロック付きマンションの入口。

夜間の照明で白んだエントランスが暗さに慣れた目に突き刺さって、思わず顔をしかめました。

そこで、直感的におかしいと気づきました。

ドアホンは普通、室内から応答や解錠ボタンを押しても、何も応答しないはずなのです。
エントランスから自分の部屋番号を指定して、呼び出しボタンを押さなければ、ただのインテリアでしかないのです。

それなのに今、私の真っ暗な部屋には、ドアホンのモニターが煌々と点灯している。

誰もいないエントランス。

このまま見てもいいことはない。

本能が私の右手を、ドアホンの通話終了ボタンに伸ばさせました。

そうしてボタンを押す、その瞬間に、確かに声がしたのです。


「見えてる?」


悲鳴を上げる前に終了ボタンによって、画面が暗転しました。

中年の女のような男のような、でも子供じみたイントネーションで、自分の問いの内容に半分確信をもった、そんな声でした。

急いで部屋の電気を、今度は間違えずにつけます。
心臓の鼓動が早鐘のようでした。

しばらくキッチンそばの壁にもたれて動くことができませんでした。

水を飲み、パソコンのスリープを解除して、動画サイトのお気楽なサムネイル一覧が表示されたとき、ようやく安心できました。

そうして今あったことを忘れようと何かお笑いでもみようかと思案した時。
私は、私の部屋が1階にあり、ドアホンを終了した次の瞬間に部屋の電気をつけたことに気がついたのです。

ちらりと目をやったベランダに繋がる大きな窓は、分厚いカーテンで覆われていました。

防犯シャッターは閉めていたっけ。
覚えていません。

もしカーテンの向こうに、こちらの部屋を覗き込む誰かがいたら。

そこまで考えて、私は考えることをやめました。

ヘッドホンをつけ、お笑い系チャンネルのプレイリストをシャッフルで再生し、無心で動画を見続けました。

そうしているうちに、いつの間にかそのまま、机の上で眠ってしまっていました。


スマートフォンのアラームと家のインターホンの音で意識が戻ってきました。

スマホを見るととっくに約束の7時は過ぎていて、アラームは何度もなったスヌーズによるものでした。

繰り返し鳴るインターホンと、点滅するドアホン。

恐る恐る通話ボタンを押すと、友人連中のふてくされた顔が映ります。

「おはようございますー。すいませーん、見えてますかー?」
という、小馬鹿にしたような声が、どれだけ私を安心させたでしょう。

そこで私はやっと肩の力が抜けて、

「ごめん、今起きた」

と答えることができたのでした。

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