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日本版TechCrunch閉鎖から見る、メディア運営の難しさ

スタートアップ界隈にとって衝撃の出来事が起こった。スタートアップ企業が一度は掲載されたいと切望する「TechCrunch Japan」が閉鎖に追い込まれた。 同メディアを運営するboundlessは15日、TechCrunch Japanと「エンガジェット日本版」を5月1日に閉鎖すると発表。3月31日を持って更新を終了するという。サイト自体が閉鎖されてしまうこともあり、過去に掲載された記事は「閲覧できなくなる」。そのためか、スタートアップ界隈からは「アーカイブくらいは残してほしい…」との声が上がった。

しかしなぜ、急にこのような発表をすることになってしまったのだろうか。今回はTechCrunch Japan閉鎖がなぜ起こったのか、分析していきたい。


そもそもTechCrunchって何者?

そもそもTechCrunchとはなんなのだろうか。「スタートアップのニュースが掲載されるメディア」という印象が高いが、なぜ誕生したのか、誰が立ち上げたのか詳しく知る人は少ないだろう。

我々が抱きやすいこの疑問について答えている記事があった。2017年に当時の編集長だった、現Coral Capitalのパートナー兼編集長の西村賢氏が書いたものだ。


ここから分かることは、

・TechCrunchは2005年にシリコンバレーで立ち上がった。
・弁護士兼ブロガーMichael Arrington氏が創業者。伝統メディアの記者よりもスタートアップを詳しく書けると言い放って立ち上げた。
・2006年、GoogleによるYouTube買収をいち早く報じた。
・2010年、AOLが買収。2017年に運営元がOathに代わり、2019年にはVerizonへ。2021年にはアメリカ投資ファンドApollo Global ManagementがVerizonのメディア事業Verizon Mediaを買収。その後、Verizon MediaはYahoo(アメリカ法人)へ。日本の場合は「boundless」になった。
※boundlessはアメリカ法人Yahooの日本法人名。

日本版が開始されたのは、2006年。これもひょんなきっかけで、トランス・コスモスでシリコンバレー投資家をしていた西田靖氏(現在は不明、Twitter)による「TechCrunch」の記事を翻訳からはじまった。

西田隆一編集長時代になってからTechCrunch Japanは動き始める。2010年からはスタートアップイベント「TechCrunch Tokyo」を開催。日本のスタートアップへの独自取材を増やしていった。

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その後、ITmedia出身の現Coral Capitalのパートナー兼編集長の西村賢氏が編集長に就任。この時には、多くの記者を迎え入れ「日本スタートアップメディア」という地位を獲得した。この時期は「NewsPIcks」(2013年)や「バズフィード・ジャパン」(2015年)が立ち上がった時代だった。

そして2018年、週刊アスキー編集長を務めた吉田博英氏が編集長へ就任。この頃には、シード期のスタートアップにとって「まず掲載されたいメディア」というステータスを確立し、アーリー以降の企業も、「絶対掲載獲得したいメディア」になっていた。

理由は「メディア運営」の難しさ?

雲行きが怪しくなってきたのは、2021年と推測できる。 2021年5月、VerizonはAOLや米国版Yahoo!を担うメディア部門Verizon Mediaを、プライベードエクイティファンド大手のApollo Global Managementへ売却した。これにより、運営主体が変わった。運営母体の社名もboundlessへ変更になった。

また、吉田氏の逝去も大きい。その後、2020年12月から編集長の座は空いたままだった。(2022年2月現在、HPのスタッフ欄まだ吉田編集長の名前が残っている)

(補足程度に、その後の動きを軽く振り返る。2021年2月にスタートアップ広報がリリースを投稿したり交流できる「TC HUB」を開設。私自身もスタートアップの広報をしている身なのですごく助かる施策だった。)

だからといって、なぜ閉鎖なのかと文句を言いたくなる人もいるだろう。ここまで日本のスタートアップ界隈では認知されたメディアだ。ここからは一旦立ち止まって、Webメディア運営の難しさを分析したい。

Webメディアは大きく3種類の収益方法がある。スポンサーからの「広告型」と、ユーザーから購読料をもらって運営する「購読型」、そしてその両方を持つ「両立型」だ。(今回あくまで独自の基準で分けている)

もうひとつ、企業が自社のプロダクトのPRをする目的でオウンドメディアを運営している場合もある。これを「オウンドメディア型」とするが、今回は割愛する。

まず広告型は、記事の端やトップページに掲載されたスポンサーからの広告収入によって収益を保持しているメディアだ。この場合、読者は記事を無料で読める。読者からはとてもありがたい存在となっている。

一般的なWebメディアはこれに該当し、TechCrunch Japanも含まれる。そのほか、バズフィードやハフポストもこれに該当する。

もちろん、広告だけではなくスポンサー記事やイベント運営でも収益を得ている。とはいえ、無料で公開していることから読者からの恩恵は薄い。良質な記事でも過小評価されている傾向にある。

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次は購読型だ。新聞社のWeb版が成功した事例はほとんどこれだ。NYTimesが有名だが、最近ではスマートニュースメディア研究所所長の瀬尾傑氏が立ち上げたSlowNewsなんかもある。調査報道など質の高い記事が購読できる点が特徴だ。

なんと言っても購読型の最大のメリットは、スポンサーの意見に左右されにくい点だ。記者はあくまでも「読者のため」記事を書くことができ、さまざまな視点の記事を読むことができる。

一方、読者がつくまでが大変だ。初期はかなりの赤字を覚悟しないといけない。

そして広告型と購読型、その両方を兼ね備えた両立型がある。NewsPicksがその一例だ。この場合、2つの大きな収入源を獲得していることから収入が安定している点が最大の特徴だ。

もちろん、広告主とのタイアップ記事もよく見られ、たまに読んでいてうんざりしてしまう時もある。

とはいえ、メディア運営が非営利目的でできるほど余裕がある会社も少ない。スポンサーの意向を聞かないといけない場合も多いだろうし、一つのビジネスモデルとして否定はできない。

Webメディアの現実

その中で、「成功している」Webメディアはいるのだろうか。一見成功しているように見えるメディアを紹介していく。

日本経済新聞(購読型)
新聞の電子化優等生と言われているのが、日本経済新聞の電子版だ。日経によれば、有料会員は79万人。月額4,277円(税込)なので、月に約33億7880万円稼いでいると考えられる。ここまでの有雨量購読者を囲い始めると、記者を多く囲うことができ、インフラも整えることができる。

日経の美談は、いろんなメディアで何度も取り上げられている。この話は、下山進氏の『2050年のメディア』にも書かれている。気になった方は是非一読いただきたい、日本のメディアの「今」が分かる作品だ。

NewsPicks(両立型)
Webメディアといえば、やはりNewsPicksだろう。月額1,700円の購読料に加え、同社によれば2020年時点で14万7,156人の有料会員数を誇る。 同社のIR資料によれば、2021年12月期本決算では有料会員だけで23.3億円の売り上げがあったという。

BRIDGE(オウンドメディア型)
今回はほとんど触れなかったがオウンドメディア型でひとつ、BRIDGEを取り上げたい。BRIDGEは、PRTIMESが運営するメディアだ。もともとはオウンドメディアではなく、有志のミートアップにより2010年に開始。その後、2016年にPRTIMESから出資を受け、2018年に事業譲渡するかたちとなった。
また余談だが、BRIDGEの立ち上げに関わった、現メンバーでもある平野武士氏は、TechCrunch Japanの功労者でもある。
BRIDGEはDiscordでコミュニティの運営を行なっている。2021年6月に立ち上がり、こちらは今でも絶賛運営中だ。

ここまで書いてきたが、正直「広告型」で成功していると思えるWebメディアはいない状況だ。どうしても運営形態が分かりにくいということもあり、内部の状況はなかなか計り知れない。が、とても運営は厳しかったと想像できる。


【余談】TechCrunch Japan閉鎖で、もと編集長はどう見たか

余談だが、歴代の編集長は今回の発表をどう受け止めたのだろうか。西田隆一氏のみ投稿を見つけたのでTwitterを載せておく。


まとめ

TechCrunch Japanは2006年に投資家の西田靖氏が手がけた「TechCrunch」の翻訳により始まった。
2010年代後半には、スタートアップにとって欠かせないメディアへ成長した。
Webメディアの「広告型」の運営は厳しい。一方、広告とユーザーの双方からお金を得るビジネスモデル「両立型」が一番安定感がある。
2021年初頭から、閉鎖の危機にあった。
関係者がTechCrunch Japan閉鎖についてコメントをしていない(できない?)。

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