0.Prologue はじめに(前)
ねぎぽんです。ワークショップのデザイナー兼ファシリテーターです。
いまから、noteで、テキストを公開していこうと思います。そのテキストの概要を一言でまとめれば、「マインドフルネス瞑想」「哲学」「心理学」「心理療法」「教育学」「学習理論」「組織論」といった多種多様な領域の知を、インプロという即興で演じられる演劇のボキャブラリーを使って一つに縫い上げようという、稀有壮大な試みです。
本編に入る前にぼくがどんな経緯でこのテキストを残そうとしたのか、自己紹介もかねてお話いたします。
0-1.Prologue
ぼくは1980年に埼玉県さいたま市に生まれた。1999年に埼玉県立浦和高校を卒業し、2004年に慶応義塾大学文学部東洋史学科を卒業。その後、埼玉大学の大学院修士課程に進み、就職したのは2009年で、ある総合病院に経理課事務職として配属された。2010年には社会保険労務士試験と行政書士試験に合格している。
20代の前半まで家族との関係などから生きていくのに生きづらさを覚えることが少なくなかった。大学在籍当時に哲学書を好んで読んでいたのも、そこに生きづらさを救ってくれる知恵があるのではと期待したからだった。
思っていた以上に哲学は生きるための考え方を教えてくれた。それは確かに力になった。でも、それだけでは足りなくもあった。生きていくためには哲学の考え方を実践する力が、具体的な術が必要だったからだ。
そのときぼくに希望の光を与えてくれたのが、偶然に出会った「インプロ」だった。ぼくはインプロに自分の哲学の学びが受肉した姿を見たと思ったのだ。
インプロが学生時代のぼくを救ってくれたと言って大げさではない。生きづらさを乗り越えていくための最後のピースをくれたのがインプロだった。
インプロは生きる力や生きる知恵を教えてくれる。次第にインプロの教えてくれたものを伝える仕事をしたいとも願うようになった。そして、いつか教育の仕事に携わりたいと思うようになった。
ただ、教育と言っても子どもの教育よりは成人の教育の方に興味があった。調べてみたところ成人教育や人材育成に関われる資格に社会保険労務士という資格があることを知った。
社会保険労務士として活躍するためにはお金を扱うスキルも必要だろうと考えて経理職の採用を探すことにした。折よく病院の経理の仕事に就くことができた。一年後、勤めながら社会保険労務士の試験に合格した。
社会保険労務士試験に合格した後、成人学習や人材育成の領域へと興味を広げていった。2011年東日本大震災があった年のことである。世の常識が大きく揺らぐ景色を見た。それと同時にワークショップやダイアローグといった言葉が加速度的に広まっている光景も目にすることができた。
インプロのワークショップでかつて学んでいた考え方や方法がいまや働く大人たちにも当たり前のように受け入れられている。ぼくは自分の学んできた哲学やインプロの考えが世の流れとマッチしてきたと感じた。
ワークショップや成人学習と言えばその界隈はさほど広くはない。その中心は東京でも限定される。東京大学大学院情報学環や青山学院大学ワークショップデザイナー養成講座といった「有名どころ」の周囲を旋回しながらぼくはワークショップの仕方を目で盗んでいった。見よう見まねで読書会型ワークショップやインプロのワークショップを自主開催するようになった。
ぼくが医療の業界に職を得たのは偶々のことだったけど幸運だったのかもしれない。その当時、医療業界は大きな転換点を迎えていた。専門科に特化して病院施設の内部に閉じこもっていた医療が地域や在宅へ開かれていこうとする、そういう時期だった。
病気ではなくて人を診ることを掲げる総合診療科や地域を丸ごとケアしようとする地域包括ケアの領域で哲学的な知見に注目が集まっていることをぼくは知った。この世界でたくさんの知己を得ることができたのはぼくの人生にとって幸せなことだった。哲学やインプロの知恵が輝くことのできる領域があることを見つけられたからだ。
それまで「哲学なんて暇人の道楽で、いくら学んでも役に立たない」とでも世間では思われていると考えていた。実際、ぼくが学部生のころにはそういう風潮が色濃くあった。しかし、時代は変わっていた。ワークショップをデザインする理論や総合診療の医療者が患者の物語を聞き出す作法、そのような場で語られる価値観、考え方、実践の方法はぼくが昔から哲学から学んできたことと寸分とも違わなかったのだ。
哲学、心理学、セラピー、教育理論はそれだけ放っておいては個別バラバラの知にすぎない。でも、インプロという素材を使えばひとつにつなぐことができるのではないかとぼくは思うようになった。
バラバラだった知見や技術がもしそれぞれ手を取りあうことができたのならばきっと大きな力になるはずだ。その一助になるならば。そうして、ぼくは書き始めた。そうして書き終えたテキストがここにある。原稿用紙にして1200枚を超える量がある。
それをいまから公開しようと思う。
***
原稿用紙1200枚は尋常な量ではない。あらためて、ぼくの学習の遍歴を辿りなおしておくことは、もしかしたら意義のあることなのかもしれないので、簡単に振り返ってみたい。
2000年 哲学書を読み始める
哲学書を読み始めたのは学部2年のころだった。学部前期が終わる7月から岩波文庫のプラトン、アリストテレスを読むところから始め、中央公論の「世界の名著」シリーズをハードカバー旧版でかき集めて、デカルト、ロック、ヒューム、パスカル、スピノザ、ライプニッツ、カント、ヘーゲル、マルクス、ニーチェ、ベルクソンと読み進んだ。その年が終わるころにはハイデガーまで読み終えていた。当時は講談社の「現代思想の冒険者たち」のシリーズが完結したころで、いわゆる「現代思想」の思想家たちにもアクセスしやすくなっていた。メルロ=ポンティ、ベンヤミン、バタイユがとくに好みだった。しかし、ぼくにとっての最大の出会いは東洋思想を扱った不朽の名著、井筒俊彦の『意識と本質』であった。以来「東洋思想」がぼくの思想の背骨を支えることになる。
2005年 インプロに出会う
若い身には生きづらさはなかなか払拭することができず、ある時、「頭」を使ってばかりではダメで「体」を動かさなければと根拠もなく思いついた。ヨガ、クラシックバレエ、舞踊、茶道など体を使うアクティビティは片っ端から試していった。そのなかで出会ったのが即興でする演劇「インプロ」だった。いままでぼくが思い描いていた哲学や思想のエッセンスが具体的な姿としてここにあることに驚愕した。すぐに運命の出会いだと直感した。
2010年 社会保険労務士試験に合格する
社会人として働こうという際に、ゆくゆくは哲学の知識やインプロの知恵を人が生きて、暮らして、働く、そうした社会との交わりに活かしていきたいと思うようになった。社会保険労務士は関わり方次第で人材育成やキャリアカウンセリング、メンタルヘルスに関わることのできる資格である。幸いにもがんサバイバーの就労支援をライフワークにしている社会保険労務士の先輩の知己を得ることなどもできた。社会との接点という意味でもぼくにとっては大きな助けとなっている資格である。
2011年 ワークショップの企画運営を始める
社会保険労務士試験に合格したぼくは成人教育の世界に飛びこんでいくようになる。はじめに目指したのは、当時、ラーニングデザインとワークショップデザインの中心地だった東京大学大学院情報学環だった。様々なワークショップや場づくりのイベントに顔を出すにつれ自分でワークショップを企画運営するようになった。はじめて企画したワークショップは純文学をテーマにした読書会だった。それからインプロのワークショップもするようになった。毎年、何かしらのワークショップを切りまわしているのでファシリテーター歴も丸5年を数える。このころから学習理論や教育学、認知心理学の著作もよく読むようになった。
2012年 みんくるファシリテーター養成講座を受講する
東京大学医学部の総合診療科医孫大輔氏と出会えたことはぼくにとって人生の転機であった。孫氏の開催する「みんくるカフェ」は医療や介護をテーマにしながらも、参加者どうしで自由に対話をして気づきや学びを深めていくカフェトーク型のワークショップである。その光景はとても新鮮だった。医療と教育の境を越境する可能性を見た。偶然に就職した医療業界ではあったけど医療なかなか面白いじゃないかと思わせてくれたのも「みんくるカフェ」だった。はじめはTwitterで孫氏がゲストに招かれたイベントを見かけたことだった。孫氏の名前さえも知らなかったけれどこれはぜひ行くべきだと「本能」が告げた。運命の出会いだった。それから「みんくるカフェ@さいたま」を二度主催した。以来、医師や看護師や患者の友人たちとのつながりが増えていった。
2014年 マインドフルネス瞑想を経験する
ワークショップデザイナーとしてそれなりの経験を積んできた。やりたいこともやれるようになってきた。でも、何かが足らないような気がする。そう感じていた時に偶然に「引き寄せ」たのがマインドフルネス瞑想だった。東洋思想と格闘していた10年前に見よう見まねでかじっていた座禅や瞑想がいまやグローバルなビジネスシーンで最先端の実践スキルになっていた。新鮮な驚きを覚えた。自分に取って非常に有効なツールだと直感した。それから瞑想を取りいれたワークショップも開くようになった。以来、心理学的なメソッドを積極的に学んでいる。もとよりコーチングには興味があった。2014年には神経言語プログラム(NLP)の講座を受講することを始め、2015年には日本ブリーフセラピー協会のセラピスト養成講座を受講した。
2016年 青山学院大学ワークショップファシリテーター養成講座を受講する
満を持しての青山学院WSDの受講だった。ワークショップデザインの基礎から丁寧に学び直すことができたのはいままですべて我流の見よう見まねでやってきたぼくにとっては、実に身になる学びであった。
ぼくの学びを時系列的に整列しなおすとこのようになる。雑多なようで一本筋が通っているようでもある。偶然の出会い、幸運な出会い、運命の出会いを重ねていまここまで来ることができた。振り返ればいつも同じテーマのところをぐるぐる回っていたようにも感じられる。このすべての経験をテキストに落としこもうとしたら総量1200枚の原稿用紙になったのだった。
【続】
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?