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文庫本に、なに挟む?

中古で買った文庫本を読んでいると、何かがページの隙間から落ちそうになった。

それは、一枚のレシートだった。

"atre kichijoji"

吉祥寺で買われた本がはるばる岐阜県まで。
持ち主が引っ越したのか、古本屋を巡り巡ったのか。随分と長旅だったようだ。

もしかしたら、他に買った本が載っているかもしれない。
そう思ったが、レシートに本のタイトルは書かれていなかった。それどころか、よく見るとそのレシートは服屋のものだった。


読みかけの文庫本を閉じ、スマホで店名を検索する。

ボウタイブラウスが8000円、
コットンのTシャツが6000円。

ひええ、自分じゃ手を出さない価格帯の服屋だった。
レシートの合計金額が「¥2,052」なので、きっと服ではなくアクセサリーや小物を買ったのだろう。


日付は2016年4月1日(金)。
わたしが名古屋の小さなオフィスで、社会人生活をスタートさせた日であった。

その頃吉祥寺には、阿川佐和子のエッセイを読み、「サロン アダム エ ロペ」でヘアアクセサリーを買う女性(予想は30代後半〜40代でミディアムヘア)がいたわけである。

レシートを栞にする程度のおおらかさを持ちながら、そのレシートにシワひとつ無いところに、品というか余裕を感じた。

きっとこの人は、早くレジを空けなければと焦って財布の小銭スペースやバッグのポケットにレシートを突っ込んだりはしないのだろう。

暮らしに余裕と品がある。でも、BOOKOFFに行く庶民的なところもある。

(お前、良いおうちから来たんだなぁ)
オレンジ色の表紙を見つめながら、なぜか大事にしてやらないといけない気がした。


本はまだ読み始めである。
今のところ売る気はないが、この本が人の手に渡るときに何が挟まれていると面白いだろうか。

例えば、どっしりとしたケーキが食べられる喫茶店のレシート。

ミルフィーユとかシフォンケーキとか、生地やクリームが魅力で、ちょっとレトロなケーキが美味しい店がいい。

高い天井のてっぺんでファンが回っていて、「ここで読みました」と言わんばかりにレシートを挟むのだ。

映画の半券もいい。
恋愛ものではなく、ヒューマンドラマ系の洋画。
「ははぁ、女一人で観に行ったな」と思われるようなものがいい。映画の待ち時間に、スマホではなく文庫本を開くなんて格好いいじゃないか。

レイトショーだとなお良し。


ところが、いざ財布を見てもレシートが入っていない。最近はなんでもQRコード決済で済ませて、レシートの受取りも断ってしまうのだ。

唯一見つかったのは、園芸店へ行ったときの「苗、肥料、土 合計4820円」のレシートだった。

生活に、色気がなさすぎる。


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