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ノスタルジック・デストルドー

 秋が嫌い。夏が好き。
 窓から入る風の匂いで、夏休みの心地よさを感じられたから、夏が好きだった。
 その窓は今、閉め切られている。

 蝉の鳴き声が好きだった。
 暑さを忘れるほど、はしゃいで遊んだ日々を思い出させてくれるから、好きだった。
 今は、息苦しいほどの暑さを知らしめる、警報のように聞こえてしまう。

 秋が嫌い。夏が好き。
 枕のふちに水たまり模様。風化した欲求はそこに染みついている。撫でたところで指先は冷えず、ぬるさが伝わるばかり。

 ペンを置いて、外を見た。
 時刻は午前七時前だというのに、真昼間のような明るさだ。
 文章を綴ったノートを読み返す。夏休みの宿題で、マス目を埋めるだけに書かれた言葉がそこにある。物書きを気取った若さあふれる内容に、熱のある血液が込み上げる感覚が襲った。

 そんな、夏休みのとある日をわたしは色濃く覚えている。

 懐かしさは蟻地獄のようで、巻き込まれた心はそう簡単には抜け出せない。自ら深みに向かおうとすらしてしまいそうになる。

 思い出すな。思い出すな。あの、生きた心地を思い出すな。走馬灯の中を生きているような、ぬかるんだ日々を思い出すな。

 幼い頃からわたしの背中には翼が生えていて、右は黒色で輝きを放つ美しい翼。左は灰色で引きずるほど大きく美しくない翼。

 少女だったわたしの左手は厳格で、常にわたしの思考と行いを監視して、時にわたし自身に罰を与えた。

 大人になったらすべて失くした。抜け出したからだ。懐かしさの中から抜け出して、新たな価値観と視界を手に入れた。もう、幻や夢に囚われずに生きられるのだ。これこそ、心からの自由だ。一縷の可能性に憧れて、正夢を望むことはもうないだろう。

 これから今を生きていく中で、わたしは幾つしがらみを解けるだろうか。
 次の今を実感するその時が楽しみだ。

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