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森田恭子『歌々の棲家 named Mr.children』

2022年5月10日、Mr.childrenがデビュー30周年を迎えた。

一つのものにのめり込むと他のものに手を出すのが億劫になる私は、中学生の頃はずっと槇原敬之ファンであった。ところがある日唐突に、他のアーティストのCDも聴いてみよう!と思い立って、友人の実家のレコード屋さんに出かけていった。たぶん中3の夏くらいである。そこにミスチルの『Atomic Heart』と小沢健二さんの『LIFE』が平積みで置いてあったので、どっちにしようか…と悩んで、青い方がカッコいい気がする!という思考で買って帰り、そこからファンである。運命的なような短絡的なような出会いであった。以後、槇原敬之とMr.Childrenをずっと聴いている高校・大学時代を過ごす。

高校時代、NHK FMのミュージックスクエアという番組を午後9時から毎日聞いていた。楽曲をフルコーラスでかけてくれるので、必死でカセットテープに録音して(エアチェックという単語がまだギリギリ現役だった)CD発売までを凌いだりした。高2のころ、美大系から文学部に進路変更したとき、思った通り生きられない、公言した夢に実力が伴わない、自分の意志の弱さと能力の低さに嫌気がさして、月並みだが「これは自分のことを歌っているのではないか」と自分探し系の歌に慰めを見出したりしていた。

書くと気恥ずかしいものだが、進路で悩んだ高校時代に「名もなき詩」に、大学入ってからも何をどう勉強していいかわからないで「Simple」に、レポートが仕上げられないまま「終わりなき旅」に、大学院を中退して就職したときも、通勤ラッシュに怯えながら「彩り」に、助けられながら何とかやってこられたことを、30年と聞くと思い出さずにはいられない。

長年Mr.childrenの取材を重ねてきた(というか、ラジオでMr.childrenの音楽を最初にかけた人でもある)音楽ライターの森田さんが書いた本書は、これまでの取材記事を再構成しながら、Mr.childrenのメンバーがどんな人たちかまとめたもの。カッコいいセリフよりも、何気ない会話の部分が重点的にピックアップされているような気がして、等身大っぽい姿を取り上げようとしているのかな?と感じた。

インタビューの途中で撮影に呼ばれて、またさっき言ったことが本当に言いたかったことか悩んで、それで語る桜井さんの言葉

「俺が心で思っていることと自分で言ってることがなんか違うなーとか思って、それでまたいろいろ考えて、っていう繰り返しですから(笑)。そのウジウジ感がMr.Childrenですからね。違いますか?」
そのへんのジレンマも、いろいろな曲の中に反映されているわけですな。

『歌々の棲家』p.71

みたいな取り上げ方に苦笑しながら頷いてしまう。

特に面白く印象的で、「そうだな」と思ったのは、p.139に出て来るバンドの包容力を「驚くべき自己顕示欲のなさ」と表現しているくだり。核心をついていると思った。人に見てもらうためには売れなきゃいけないという志向があってのことなんだけど、見てもらった後は押し付けたくはない、そういう両面性に、自分は惹かれていたような気がする。

もともと、アルバムが出るたびに、ミスチルが出てくる雑誌特集は買って読んでたので、何で桜井さんサッカーばっかりしてるんだろう、とか、サーフィンばっかりしてるんだろう、とかよく思ったものだった。それは、自分を特別視して、何かを思い詰めたように、音楽以外はやりませんていう風に自らを追い込むのではなく、普通に、ごく日常的な場で音楽を作っていくことを目指した結果なのだろうと、なんとなく思う。いずれにせよ希有で非凡な才能の人が努めて平凡を装うことに異様なエネルギーを投入して、もがいている不思議さみたいなものを感じていた。

森田さんはGWにNHKのラジオの番組「ミスチル三昧」に登場されていた。その番組では、Mr.Childrenの楽曲のなかから30曲を選び、妄想のセットリストを作成してそれぞれポイントを解説しながら披露するといった趣向だったのだが、森田さんの選曲があまりに本格的に入れ込んだ人のそれだったので、ひれ伏すほかなかった。

1曲目が「花」。1曲目「花」で思い出すのは、自分が学生の頃に初めてミスチルのライブに参加した「POP SAURUS」ツアーだった。なのでいろんな感情が溢れてきそうになる。

大学生の頃、ファンサイトのチャットルームに入り浸り、そこで仲良くなった人たちに誘われて、あるいはいけなくなっちゃった人にチケットを譲ってもらったりしてツアーに参加したりしていた。それでオフ会、というのに初めて出た。管理人さんにメールを送ろうとしたらどう見ても自分の大学から至急されていたアカウントだったので、恐る恐るメールを出したら、自分の友人の焼き肉屋のバイト仲間で驚愕したこともあった。SNSというのが登場する前のことで、連絡のやりとりをするとしてもMSNメッセンジャーで、という、インターネット空間が総じてまだ長閑な時代であった。

ミスチルのファンは、総じて、人が良くて、時におせっかいで、でもやりすぎたかなと思うと急に冷静に我に返って反省したり悩んだりして、しつこくするのは嫌いで、見返りを求めるのはダサいと思っていて、来る者はあまり拒まず、去る者も追わず、またどこかで会えるといいな、届いてくれるといいなの、星になれたらいいなの精神で生きているような気がして、その辺の付き合いは居心地が良かった。

この前、Internet Archiveで、ほぼ日参していたファンサイトのURLを打ち込んだら、灰色の枠に縁どられたシンプルなデザインのチャットルームが表示されて、あまりの懐かしさにちょっと涙が出そうになったりした。そのサイト名を日本語訳すると「Mr.childrenの思い出」になるのは、ちょっと出来過ぎではなかろうか、と思ったりしながらパソコンの画面を見ていた。


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