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最後の結論【オリジナル小説】

こんばんは。今日もお疲れさまです。さて、火曜なので創作アップしたいと思いますが、今回も過去の使い回しです。

こうして、整理してみると意外と大学時代実験的に色々書いてたことが思いだされます。

今回のお話結構長めです。どうぞ。


最後の結論

どうしても気に食わない奴って必ずクラスに一人はいるものだと思う。僕にとって塩崎豊がそれだった。別に特別彼から危害を加えられたことがあったわけではない。けれどどういうわけかあいつが何かする度に僕は苛立ちを感じずにはいられなかった。勘違いしてもらいたくないのだが、僕は決して気の短いタイプではないし、人を嫌ったりすることなんかも滅多にあることではないのだ。塩崎のどこが具体的に気に入らないのかと聞かれると困るし、実際クラスで塩崎のことを嫌っている人なんて僕以外いないだろうとも思う。大人しい奴だし、きっと温厚だ。そして、それは僕自身にも言えることだったから、ただ僕が塩崎のことを良く思っていないだけで喧嘩して殴りあうわけでもないし、そもそも僕は昨日までは奴について何か考えることすらなかったのだし、別に僕が塩崎を嫌っていてもただそういう事実が事実として存在するだけであって、それはただそういうことでしかなかったのだ。 しかしそれも昨日までは、のことだ。今僕が塩崎に対して感じている思いは昨日までのものとは全然違う。この気持ちは「嫌悪」というよりもはや「憎悪」だ。

 ――――――――――――――――――――――――――
どうしても誰にも言えない秘密って誰でも持っているものだと思う。俺には未来が見える。それが俺の秘密だ。どうせ言っても誰も信じてくれないだろうし、別に誰かに知ってもらって悩み相談したいとか秘密を共有したいとかなんて俺はちっとも思わないからどうでもいい。ただ、俺には未来が見える。それが事実だ。別に見えたからといってどうするわけでもない。未来を変えることができないということは十分に知っている。俺が最初に見た未来は自分の親父の死ぬところだった。出張先へ向かう車に乗っての事故死。俺はどうしても怖くて親父に車で出張先へ行くことはやめてくれと懇願した。親父もあんまり俺が頼んだので最後には電車で行くことにしてくれた。しかし、親父は死んだ。電車が人身事故で止まり、取引先との会合に間に合わなくなりそうなって仕方なく親父はタクシーを使ったのだった。幼かった俺に周りの大人たちは親父の死の状況を詳しくは教えてくれなかったが、俺には親父がどんな風にして死んだのかわかる。見えたのだ。まるで映画のワンシーンのように。対向車線を踏み越えて来たトラックが親父の乗ったタクシーに前から衝突したその瞬間を。俺は見たのだ。頭の中で、それが現実に起こる前に。俺には未来が見える。それが事実だ。しかし、誰にも言わない。言ったところで未来は変えられないからだ。 ――――――――――――――――――――――――――
 それは昨日の放課後のことだった。学校を出たところで幼馴染の空川ゆきのが僕を待っていた。
「たっちゃん、今日一緒に帰ってもいい?」
 幼馴染の女の子にほほを染めてそんなことを言われたら喜ばない男なんているはずがない。だからってあからさまに手放しで喜ぶなんて格好の悪いマネはしない。勿論照れもあるし、こういう時はなるべくぶっきらぼうに答えたほうが格好いいに決まっている。高鳴る鼓動をなるべくおさえながら、なるべく自然に答える。
「あぁ……何だよ、空川。突然……別にいいけど」
 しかし、答える僕を無視してゆきのはさっさと歩き出していた。自分から誘ったくせに。
「早くしてよ、たっちゃん。大事な話があるの。早く学校から離れたいのよ!」
 ダイジナハナシ?
 幼馴染の女の子がほほを染めて大事な話があるという……これで期待しない男なんているはずがない。しかも早く学校から離れたい、即ちみんなには聞かれたくない秘密の話……。またしても強烈に高鳴る鼓動を必死でおさえて、必死で自然を装う。
「何だよ話って……い、一体……どど、どうして……ががが、学校じゃ言えないんだよ?」
 しかし、かなり不自然な僕を無視してゆきのはずっと先に行ってしまっていた。結局僕がゆきのに追いついたのは僕らの家の前だった。僕の家とゆきのの家は隣同士だ。はたしてこれは一緒に帰ったことになるのだろうかと考えていたらゆきのが堰を切ったように話し始めた。
「あのね! ……あのね、たっちゃん。どうしても、どうしてもたっちゃんにお願いがあるの!」
 幼馴染にほほを染めてお願いされて嬉しくない男なんているはずがない。僕はずっと高鳴りっぱなしの鼓動を精一杯おさえることに精一杯で何も言うことができなかった。
「あのね、塩崎君に今彼女とかいるかどうか聞いてきて欲しいの!」
 幼馴染にほほ染めて塩崎く……ん? ……塩崎君!?
 僕の高鳴っていた鼓動が沈んでいく。嫌な予感がする。
「たっちゃん塩崎君と同じクラスだよね? ……だから、塩崎君に好きな人とか付き合っている人とかいるかどうか聞いてきて欲しいの。お願いできないかな?」
 前言撤回しよう。たとえ幼馴染にほほ染めて「お願い」されても喜べないこともある。むしろその時僕は絶望していた。僕がずっと好きだった幼馴染はあろうことか僕がクラスで一番嫌っている塩崎豊に恋をしてしまったというのだ。
――――――――――――――――――――――――――
それは昨日の放課後のことだった。学校を出たところで俺はひどい立ち眩みを感じた。「あぁ……あれだ」そう思った。未来を見る直前、俺はいつも強い立ち眩みに襲われる。一瞬目の前が真っ暗になったかと思うと、突然まるで映画でも見るように目の前に未来の映像が現れるのだ。もちろん、俺の前だけに。本当にそれはいつも突然だった。何の前触れもなく、授業中でも食事中でも歩いているときでも俺の都合にお構いなしに俺が望もうが望むまいが勝手に見たくもない未来を見せられる。家族や友達……知りもしない赤の他人の未来までも。そしてそれは決して自分では選べない。今まで多くの人の未来の瞬間を垣間見てきたが、俺は一度だって自分自身の未来を見たことはない。……別にそうかと言って、もし例え自分で見る未来を選ぶことができたとしても、本当に自分の未来を見る勇気が俺にあるかどうかはわからないが。……見たくもない未来を見ずに済むのならそのほうが良いに決っている。親父の死も、そして昨日見た未来も知らずにいられたならその方が良かった。目の前が一瞬真っ暗になった次の瞬間俺が見たのは俺と同い年ぐらいの少年の佇む姿だった。その少年に表情はない、その少年はたしか俺のクラスメートの誰かのはずなのだが名前を思い出せない。学校の制服ではなかった。何か少し変わった服を着ている。……そのせいだろうか、いつも見る未来よりも何だか現実味に欠ける映像だった。もっとも、それはまだ現実になっていないことなのだから現実味がないのも当たり前といえば、当たり前なのだが……その少年の前に、突然剣が現れた。その剣の先がゆっくりと少年の胸へと向かう……「嫌だ、もう見たくない」そう思ってもまだ未来は俺の前で流れ続ける。剣はしっかりと少年の胸の真ん中に奥深く突き刺さった。少年がゆっくりと後方に倒れながら目を閉じる。少年の口から吹き出した血の色だけがやけに赤々として生々しく残った。そこで未来は終わった。人が死ぬ未来を見るのは親父の時以来だった。俺は意識が現代に戻ってからも暫くは動くことすらできなかった。その時周りには幸い誰もいなかった。クラスメートが死ぬ。俺の見た未来は一ヶ月以内に現実に起こる。必ず、決して未来を変えることはできない。どうする? 俺はどうしたらいい? クラスメートと言っても名前も思い出せないような、多分話したこともないような奴だ。別にあいつが死んだところで俺は何も困ることはないだろう。制服でなかったということは俺がその未来に居合わせる可能性も低い。このまま何も知らない振りをしてその未来が訪れるのをただ待つか……。まだ生々しい血の赤が瞼の裏に残っている気がした。その時俺の前を一匹の黒猫が横切っていった。
――――――――――――――――――――――――――
できれば今日は学校には来たくなかった。ゆきのにも塩崎にも会いたくない……だが、今日僕が休んだところで事態が好転するわけでもないし、この先二人から逃げ続けるわけにもいかない。特にゆきのは僕の家の隣に住んでいる。これからも毎日顔を合わせ続けることになるのだ。……いっそ、僕の気持ちを正直にゆきのに告白しようかとも考えたが、いくら僕でも振られるとわかっていて告白するなんて怖くてできない。それにまだ僕はゆきのとの「幼馴染」として今まで築いてきた関係を壊したくはなかった。告白なんかして気まずくなってしまうのは一番嫌だ。それこそ顔なんて合わせられなくなる。……もう少しこのままで「頼れる幼馴染のたっちゃん」のポジションを維持していたい。
……と、気付いたらゆきのが僕のクラスの教室の入り口に立っていた。
「たっちゃん、もう塩崎君にあのこと聞いてくれた? ……どうせまだなんでしょ。お願い! 早く聞いてきてよ、たっちゃんだけが頼りなんだからさっ!」 
……できればもっとほかの事で頼りにしてくれたらもっと嬉しかったのにな、と思いながら僕は渋々立ち上がった。
「何もそんなこと朝から聞きに行く必要ないだろう、だいたい塩崎だってまだ登校していないんじゃ…」
………ないのか? と言いかけて僕は口をつぐんだ。その塩崎がゆきのの後ろに立っていたからだ。ところが塩崎は僕と目が合うと、ひどく驚いた様子で僕が声をかける前にまるで逃げるようにして教室から出て行ってしまった。心なしか顔色も悪かった気がする。
「それもそうね。……焦ったってしょうがないってことくらいわかっているつもりだったのだけど。……じゃあ、たっちゃん、お昼休みにでもよろしくね? 私もまた来るから、とりあえずは自分の教室に戻るわ」
 そう言って、塩崎が自分の後ろにいたことには全く気づかなかった様子のゆきのはいそいそと塩崎の出て行った同じドアから自分の教室に戻って行った。さっき、塩崎が一瞬僕に何か言おうとしていたようにも見えた気がしたが……どっちにしても、昼休みにはゆきのの為にいけ好かないあいつと話さなければいけない。聞きたくもない話を聞くために……。
 僕は憂鬱を抱え深くため息をついて自分の席に戻った。しかしどういうわけか塩崎は一時間目の授業が始まっても教室に戻って来なかった。二時間目の授業になってやっと現れたかと思うと、「遅刻しました」とだけ言って理由も言わず自分の席に着いた。朝塩崎を見たのは僕だけだったらしく、他のクラスメートは特に誰も何も言わなかった。
――――――――――――――――――――――――――
 できれば今日は学校には来たくなかった。学校に来れば嫌でもあの少年と顔を合わせることになる。俺はどうすればいいのだろうと、まだ悩んでいた。……例え、本人に告げたところで信じてもらえるわけがないのはそれどころか頭のおかしい奴だと思われるだろう。しかし、あれを見てから一日たったいまでもあの鮮血がどうしても離れず生々しく残り、恐怖を持って俺に警告を与えている気がしてならなかった。兎も角、せめて何でもいいから今日あの少年と何か話してみよう。名前も思い出せないが、同じクラスなのは確かなはずだ。 ……そう決意して学校に向かったつもりだったが、教室に入ってすぐその少年と目が合ってしまった時には、驚きと恐怖を感じて思わずその場から逃げるようにして立ち去ってしまった。……何て格好の悪い話だ。話をするどころか一言も声をかけることもできなかった。確かに、昨日見た未来の少年は俺のクラスメートだった。実物の顔を見れば名前を思い出せるかと思ったが結局思い出せない。少年の顔は昨日見たあの少年の顔のままだった。間違いない、俺はやはり確信した。あの未来は必ず近い将来現実になる。今までだって俺の見た未来が現実にならなかったことなんて一度だってなかったが、少年の顔があまりにも昨日見たままだったので、俺はあの鮮血をまたリアルに思い出してしまい。怖くなった。そうして、思わず教室を出てしまってが、どうしようか。できれば人気のない所で考えを少し整理したかった。
「塩崎君……? おはよう。顔色悪いみたいだけど大丈夫?」
 教室のドアに寄りかかっていたら女子生徒に声をかけられた。見たことのない顔だ。恐らく隣のクラスの子だろう。
「おはよう。……いや、大丈夫。気にしないでくれ」
 俺は女が苦手だった。特にこういう野次馬でおせっかいで恩着せがましい女は嫌いだ。俺はその女からも逃げるようにしてそこを立ち去った。 結局特に行く当てもなかったが教室にはまだ戻りたくなかったので、開いていた美術室で一時間目は過ごすことにした。美術室は油絵の臭いで溢れていたが、誰もいなくて静かだったので教室よりはずっとマシだった。気付いたら俺はそのままそこで寝てしまっていた。実は昨晩は寝ようとする度にあの少年の血を思い出してしまいなかなか寝ることができなかったのだ。たいした時間寝てしまったわけではないが俺は親父の夢をみていた。夢の中で幼い俺は(夢の中で俺は昔の自分の姿になっていた。親父も死ぬ前の姿のままだった)親父に泣きながらひたすら謝っていた。
「お父さんごめんなさい。助けてあげられなくてごめんなさい」
 目が覚めると、二時間目の授業が始まるところだったようで美術室にも生徒が集まりだした。気分は少しもよくならなかったが、俺は教室に戻ることにした。
 ――――――――――――――――――――――――――
 とうとう、きてしまった。……魔の昼休みが。心なしかチャイムまでもがいつもよりも重低音で流れているように感じる。二時間目になって現れた塩崎だったが、その後はまるで何もなかったかのよう平然と過ごしていた。本当にわけのわからない奴だ。どうせならあのまま学校から消えてくれていたらよかったのに、そしてそのまま二度と僕とゆきのの前にはその姿を見せることはなかった……とかいう結末だったら僕としてはものすごくハッピーなエンドなのだけど……まぁ、戻って来てしまったものはしょうがない。一体、一時間目の授業の間どこで何をしていたか知らないがチャイムと同時に僕のクラスに来てさっきから無言で僕にプレッシャーをかけているゆきのの為に僕は、奴と話さなければいけないらしい。
「ねぇ、今日塩崎君の様子どうだった? 朝会った時具合が悪いみたいだったんだけど……」
 何だ、朝ゆきのも塩崎に気付いていたのか。
「そうだよな、何かあいつ変なんだよ。朝一度教室に現れたのに一時間目に出なくってさ、どうやら体調悪いみたいなんだよ。今日はあんまり話しかけてほしくないんじゃないか? 今日はやめておこうか?」
「冗―談。別にたいしたこと聞くわけじゃないんだから大丈夫だよ。ほら、塩崎くーん!」
 たいしたこと聞くわけじゃないんだったら自分で聞けばいいじゃないか……と、言う前にゆきのは自分で塩崎に声をかけていた。……本当に僕必要ないんじゃないのか? 塩崎がこちらに近づいて来る、何だか睨んでいる様だ。と、言うより僕を凝視している。何なんだこいつは朝から。
「何かね、たっちゃんが塩崎君に質問があるって言ってるの」
 おい、普通に話せているじゃないか。質問があるのは自分だろう? と、思ってゆきのを振り向いてわかった。かすかにゆきのの頬が赤く染まっている。なるほどこれでも緊張しているらしい。何だか照れているゆきのを見るのは新鮮な感じで可愛らしく……もし、これが僕に対して照れてくれているのだったらもっとずっと嬉しいのだが、しかし、僕はゆきのの「頼れる幼馴染たっちゃん」だ。限りなく不本意ではあったが、僕をどういうわけか先ほどから凝視し続けている塩崎に向かって言った。
「そうなんだ、塩崎。悪いけど、どっかで……できればあんまり人の来ない所で話すことはできないか? お前に聞きたいことがあるんだ。」
 僕がそう言った後も塩崎は暫く僕を凝視し続けたまま黙って突っ立っていた。僕がいいかげんイライラし始めた時やっと塩崎が口を開いた。無駄に思い口調だった。
「俺もお前に話がある。……美術室でいいか?」 ―――――――――――――――――――――――――――
 昼休みが始まった。「塩崎くーん!」と呼ばれたので見てみると朝の女子生徒があの少年と一緒に俺を呼んでいた。あの女も同じクラスだったのか……しかし、あの少年……。俺はきつねにつままれたような気分で二人の元に近づいて行った。
「何かね、たっちゃんが塩崎君に質問があるって言ってるの」
 女が言う。……この少年……名前は思い出せないがこの女子が言うにはこの「たっちゃん」が俺に質問があるという。……どういうことだ。俺の頭はほとんどパニック寸前状態だった。まさか、俺が「たっちゃん」の未来を知っていることがわかったとでもいうのか?
 まさか、それはありえない。そんなことはありえない。冷静に、冷静に考えるんだ。俺は自分に言い聞かせた。
「そうなんだ、塩崎。悪いけど、どっかで……できればあんまり人の来ない所で話すことはできないか? お前に聞きたいことがあるんだ。」
 人の来ない所? ……こいつはもしかして俺の秘密を知っているのか、と、またしてもパニックに陥りそうになる。いや、ダメだ。冷静によく考えるんだ。まさかそんなはずはないし、もし万に一つの可能性でこの少年が俺の秘密の何かを知っていたにしてもどっちにしても話すつもりでいたのだから問題はないし、むしろ好都合だ。だが、なんだろう。この少年の目を見ていると何か不安になるのは。ふと、気付くと女と少年が物凄く不審な顔で俺を見つめていた。俺が何も喋らないので困っているようだった。
「俺もお前に話がある。……美術室でいいか?」
 そう言って教室を出たはいいが、まず何を話せばいいのだろう。そしてまた俺はひとつ重大な問題を抱えていることに気付いてしまった。この少年の名前を俺はまだ知らない。しかし少年は俺の名前を知っている。これは、まずい。非常にまずい。相手も俺の名前を知らないのであったなら、では自己紹介から……なんて流れに持っていけるけど、相手は俺のことを知っているのに俺は相手の名前を知らない。それでもあなたの未来は知っています。なんて胡散臭いにも程がある。どう考えても頭のいかれた奴かよくて妄想癖だ……しかし、よく考えてみるとそんなことは名前を知っていようが、知っていまいが関係ない。そもそもおれは到底信じられないような話をしようとしているのだ。まだ俺はこの少年がクラスメートで俺の名前を知っているということ以外は何も知らないのだ。だが、例えこいつがどんな奴であっても、俺の話を決して信じてくれないような奴だったとしても、俺の見た未来のことを話し、例えどんなに無理なことだとわかっていても、この少年を助けたい。…いや、助ける。絶対に。親父の時の様に何もできないまま終わるのだけは絶対に嫌だ。 ―――――――――――――――――――――――――――
  美術室まではお互い無言だった。それにしても、塩崎も僕に話すことがあるというが一体何なのだろうか。今までまともに話したことすらなかったのに……。その時僕の中でふと、ものすごく恐ろしい仮説が思い浮かんだ。人気のない美術室に誘う、それに、さっきから突き刺さるように僕に送られる熱すぎる視線。……いやいや、まさかだ。……変なことは考えるな僕。
「で? お前の話って?」
 美術室の机に腰掛けた塩崎がさっきと同じように無駄に重い喋り方で言った。何だか少し色っぽくも感じる。……いやいや、だから変なこと考えるなよ! とにかく早く聞くことだけ聞いて逃げてしまおう。……いや、待てよ。もし僕のこの予感が当たっていたら? こんな人気のない所で「好きな人いる?」何てきいて誤解されたら……? 悪寒が走った。
「いや……あの、その……いっいいよ。塩崎から言ってくれよ!」
「…………」
 暫く黙ったまま僕のことを凝視する塩崎。だから見つめるなってば。気持ちの悪い奴だ。
「俺の話は、だいぶ重い内容になるのだが……ちゃんと最後まで聞いて欲しい。俺のことを信じて」
 重い告白?「俺のことを信じて」何て言われても僕はお前のこと何か大嫌いなんだ。しかし、その僕の大嫌いな塩崎は僕が「はい」とも「いいえ」とも言わないうちに続ける。
「お前が信じようと信じまいと、先にこれだけは言っておく。……例え、何があってもお前のことは俺が絶対に守るから」
 その瞬間、ものすごい鳥肌がたった。
「ふっふざけるな! 僕は男だぞ! 何だ『守る』って、お姫様じゃあるまいし……そんな話なら僕は帰る!」
 美術室を出ようとしたが、塩崎が僕の両腕を掴んで引き寄せた。塩崎は僕より身長が十センチ以上高いので必然、僕が見下ろされる形となる。……本当に嫌な奴だ。
「ちょっと、何やってるのよ! たっちゃん! 塩崎くん!」
 入り口にゆきのが立っていた。見られてしまった。ゆきのに。何て情けない格好だろう。僕は恥ずかしくなって慌てて塩崎の手を振り切ると美術室から走って逃げ出した。
「おい、待ってくれ俺の話を聞いてくれよ! おい待てって!コラ、……たっちゃん!」
 僕はまたしてもものすごい悪寒と怒りを感じて立ち止まった。そして、振り向きざまに塩崎にアッパーを食らわせてやってから叫んだ。
「だっ……誰が『たっちゃん』だ! 何でお前なんかにそんな気色悪い呼び方されなきゃならないんだよ!」 ―――――――――――――――――――――――――――
  さて、どうやって切り出そうかと、美術室までの道そればかり考えていた。俺は話の上手いタイプではない。ただでさえ、人と話すのが苦手なのにこんな信じ難すぎる話をどうやって伝えたものか……。とりあえず、相手の話を聞いてから出方を考えよう。俺は机に腰をおろし、なるべく落ち着こうとした。しかし、どうしても口調が重くなる。
「で? お前の話って?」
「いや……あの、その……いっいいよ。塩崎から言ってくれよ!」
 早くも作戦失敗だ。まぁ、話す順番が変わったところで到底信じてもらえない内容を話すことに変わりはないのだ。とりあえず、誠意を持って真剣に相手に伝えることだけを考えよう。
「俺の話しは、だいぶ重い内容になるのだが……ちゃんと最後まで聞いて欲しい。俺のことを信じて」
 少年の顔が微かに引きつったように感じた。まさか、俺がこれから話す内容を知っていて恐怖を感じているのか……いや、そんな馬鹿な。余計な詮索をするのはやめよう。知るはずがないのだ。俺以外に未来を知れる者などいるわけがない。やはり俺の口から伝えなくては。
「お前が信じようと信じまいと、先にこれだけは言っておく。……例え、何があってもお前のことは俺が絶対に守るから」
 それは、自分自身に言い聞かせるために言った言葉でもあった。決意。今の俺にはそれが必要だった。
「ふっふざけるな! 僕は男だぞ! 何だ『守る』って、お姫様じゃあるまいし……そんな話なら僕は帰る!」
 どういうわけか、怒らせてしまったらしい。「俺は真剣だ」と、言おうとしたが少年が美術室を出て行こうとしていたので、慌てて捕まえる。
「ちょっと、何やってるのよ! たっちゃん! 塩崎くん!」
 あの女が美術室の前に立っていた。その隙に少年は俺の手を払って出て行こうとする。俺は必死だった。
「おい、待ってくれ俺の話を聞いてくれよ! おい待てって!コラ、……たっちゃん!」
 引きとめようと必死だったのだ。名前を呼ぼうにもそれしか呼びようがなかったのだ。少年が立ち止まり、振り返る。……何とか俺の真剣さが伝わったのか、そう思った瞬間俺の顎に衝撃が走った。
「だっ……誰が『たっちゃん』だ! 何でお前なんかにそんな気色悪い呼び方されなきゃならないんだよ!」
  ……不意打ちだった。何も殴ることないだろう、俺はお前を守るために真実を伝えたくて必死で……抗議したいのは山々だったが予想外の突然の攻撃と元々気分が悪かったのが重なって俺は自分の意識を保っていられることができなかった。
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  ……しまった。自分で思ったよりもかなり強く塩崎のことを殴ってしまったらしい。塩崎は何かよくわからないことをゴニョゴニョと呟いて倒れてしまった。
「きゃあぁ。塩崎君しっかりして! たっちゃん、酷いよ。殴ることないじゃない! いくら、襲われそうになったからって!」
 ゆきのが叫んで塩崎に走りよった。叫びたいのはこっちのほうだ。
「……いや、別に襲われそうになったわけじゃないけど……」
「でも、……告白されたんでしょ? ……ごめんね、たっちゃん。私どうしても塩崎君がたっちゃんに話があるっていうのが気になってこっそり聞いていたの。」
 絶望的だ。頭の中で何かがぐわんぐゎんと鳴っている気がする。やはりあの「何があってもお前のことは俺が絶対に守るから」と、いうのは第三者から聞いても告白ととれたのか。待ってくれ。塩崎に言いたいのか、それとも天にいる誰かに言いたいのかは自分でもわからないが、とにかく待って欲しかった。こんなことは全く想定外だ。
「確かに男の子同士って、私もちょっとびっくりはしたけど塩崎君のさっきの様子、かなり本気みたいだったし。……塩崎君のことならきっとたっちゃんも気に入ると思うんだ。……だから、あんまり冷たくしないであげてよ。ね?」
 そう言ってゆきのは少し涙目で僕を見つめた。……待て待て待て、この展開はおかしすぎるだろう。
「こんな、男を気に入ることなんかあるか! 僕が好きなのはゆきのなんだ!」
 
 ……まぁ、こんなことを言えるような僕だったら、今こんな状況に陥っているはずはないわけで、僕が「こっ……」とか「す……」とか、なんとかゆきのに伝えようと頑張って言葉にならない声を発している間に塩崎は目覚めたらしい。
「え……? あれ、俺……ぐぅ……いてぇ」
 こちらも僕ほどではないが、意味をなさない言葉を発している。
「大丈夫? ごめんね、塩崎君。保健室行こう。その後たっちゃんが責任もって家まで送ってくれるから」
 ゆきのの発言、確かに言葉にはなっているし意味もなしている……が、意味がわからない。何で僕が塩崎を送らなきゃならないんだ?
「おい、勝手なこというなよ! 何で僕がこんなやつ……」
「塩崎君だって私に送られるよりたっちゃんに送ってもらいたいはずだもの……」
 ゆきのが呟いた。僕のことを睨んでいた。どうやら、僕はゆきののライバルとしてみなされたらしい。……待て待て待 
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「顎のほう、痣にはなっているけど骨には異常なさそうだし、きっと軽い脳震盪だったんじゃないかしら。そうね、一応ちゃんとした病院で診てもらいなさい。今日は帰って安静にしたほうがいいわね」
「……はぁ」
 どういうわけか殴られた俺は、どういうわけか保健室に来ていた。保険医が「終わったわよ」と奥に声をかける。
「それじゃ、帰るぞ塩崎。送るから」
 そしてどういうわけか送ってくれるという。
「勘違いするなよ。俺がお前を送んなきゃ俺が空川に怒られることになるからなんだからな。勘違いするなよ」
 どういうわけか、なぜか涙目でそう言われる。
「あぁ、いや、そっちこそ何か誤解しているようだから言っておくが俺は単にその……君を何て呼んだらいいのかわからなくて、つい、たっちゃ……」
「おい! 頼むから二度とそんな風に呼ぶな。普通に名字で呼べばいいだろう?」
「……悪いのだがどうしても君の名前を思い出せなくて……」
「……おい、ふざけるなよ。俺は去年もお前と同じクラスだったぞ?」
 ふざけてはいない、俺はいたって真面目だ。しかし、それを言ったら余計におこられそうなので止めておいた。もう、殴られたくはない。
「けどお前さっきは自分のこと『僕』って言ってなかったか?」
「……な、……どうだっていいだろう、さっきはちょっとおどろいたからで……大体この年になって『僕』なんておかしいだろっ」
「そう? イメージ的に『僕』の方が合っていると思うけど」
「なんだよ、イメージってお前僕の事馬鹿にしているだろ?」
 結局怒らせてしまったようだ。
「ところで塩崎、お前の話ってのは本当に何だったんだ?」
 そうか、結局俺はまだ何も話せていないのだ。しかし、本当にどうしたものか。真剣に誠意をもって伝えようとしたのになぜかアッパーパンチを食らうとは。
「いや、俺は殴られたくないから後でいい。お前から先に話せよ、たつ」
「……おい、誰だよ『たつ』って?」
「だってお前名前教えてくれないじゃないか。『たっちゃん』って言うと怒るし」
「……な、……何開き直ってんだよ? 当たり前だろ? わけわかんない奴だな」
「……俺にしてみればお前のほうがよっぽど……あ、俺ん家ここのアパート、上がっていけよ。どうせ誰もいないから」
――――――――――――――――――――――――――― 
「どうせ、誰もいないから」
 ってこいつに言われるとなんかものすごく意味深に感じてしまう。……でも、僕は不思議とまだ塩崎と話したいと自分が感じていることに気付いた。折角なので上がらせてもらうことにした。
「飲み物は紅茶かコーヒーでいいよ。あ、砂糖はいらないから。」
「お前な……こういう時は普通『お構いなく』って言うもんだろ。それに家には紅茶もコーヒーもないから」
 そう言いながら塩崎は仏壇の前に座った。仏壇の上にある遺影には中年の少し塩崎に雰囲気の似た感じの男の人が写っていた。その仏壇の前で手を合わせてから、僕の視線に気がついたらしい塩崎が振り返って言った。
「あぁ、これ家の親父な」
 情けないことに僕は本当にこういうシチュエーションには弱いのだ。何か気の聞いた言葉がさらりと出てきたらいいのだが、結局何も思い浮かばず、いつも場違いなことを言ってしまう。
「えっと……病気かなんかだったのか……?」
 しかし、塩崎は特に気にする風もなく平然と答える。
「いや、事故死。タクシーに乗っていて正面からトラックに衝突されたんだよ。親父はタクシーごとぺしゃんこ。相手のトラックがかなりのスピード出していたからな」
「まさか……お前その場にいたのか?」
「いや、でも見たんだ。それが、現実に起こる前にね。今でもトラックのナンバーまで鮮明に覚えている。俺の親父を殺したトラックのナンバーまでね」
 よく、意味がわからなかった。塩崎が冗談を言っているのかと思って見たがその顔は真剣そのものだった。怒りとも悲しみともとれない表情でもあったが。
「それは……どういう意味……?」
「俺には時々未来が見えるんだ。……と、言うより見させられると言った方が正しいのかな? いつも突然、未来が映像になって俺の前に現れる。俺が望もうと望むまいと。だから、其の時親父と一緒にいなかったはずなのに俺はそのトラックのナンバーも、会ったことも無い親父と一緒に死んだタクシー運転手の顔も知っている」
 僕は理解力が乏しいのかやはり塩崎の言うことがまだよくわからなかった。むしろ、塩崎が話せば話すほど何が何なのかわからなくなる。そもそも、何で僕は今こんな状況に陥っているのだったっけ?
「……それって、まさか『予知能力』とかいうやつか?」
「『能力』何て言えるほどいいものじゃないけど……でも信じてくれ。何があってもたつ、お前のことは俺が守る。全力で」
―――――――――――――――――――――――――――
 今度はアッパーをやられることはなかった。たつは、そんな余裕も無いほど混乱しているようだった。
「たつ……俺の言う事を信じてくれるか?」
「嫌、無理」
 混乱しているようにしては即答だった。しかも『否』じゃなくて『嫌』なのか。
「おい、まだ何も言ってないぞ」
「……え? まだあるの? 今までの話だけでももう、充分信じられないのに……」
 ……まぁ、無理も無い。当然のことだ。いきなり「自分には未来が見える」なんて言われて「はいそうですか」と納得してしまう奴なんてまずいないだろう。わかりきっていたことのはずなのにたつに面と向かって「信じられない」と言われたことで自分でも驚くほどにショックを感じていた。今までだって誰にも話さなかったのに、俺は心のどこかでどういうわけかたつになら信じてもらえるかもしれないと期待していたらしい。しかし、今はショックを受けている場合ではない。
「俺は昨日お前の未来が見えたんだ」
 とりあえず、俺は昨日見た未来を全部話した。無表情に立ちつくすたつ。その胸に刺さった剣。ほとばしる鮮血。俺は話しながら時々目眩すら感じたが、最後まで話し続けた。俺が話す間、たつはただ黙って俺を見つめていた。まるで夢をみているような、そんな表情をして俺を見つめていた。その表情は俺が見た未来のたつの表情とまるで同じで俺はまた目眩を感じた。話しきってからもたつは暫く黙ったままだった。小さな家のアパートの中に沈黙が広がる。俺はたつが自分から何か言い出すまで催促はせず、待っていることにした。
「いや、やっぱり、信じられない」
 しかし、たつの最初の言葉は俺の期待したものではなかった。ふう、と、ため息をひとつついて続ける。
「だって、おかしいだろう? どうして普通の学校に通っているだけの学生の僕が突然剣で刺されるようなことがあるんだよ? クラスメートの誰かが剣を持って登校して来るっていうのか? あり得ないね。お前映画か何かの見すぎだって。おかしいよ」
 病院行った方がいいよ。と、付け加えて笑った。もう、これ以上話したところで無駄だろう。俺はそう悟った。土台、信じてもらおうなんて思う方が変な話だったんだ。今までだって誰にも話したことなんかなかったのに。「あぁ、変な話をして悪かったな。もう、帰れよ。コーヒーも紅茶も出さなくて悪いけど」
たつは帰り際に「ところでさ」と聞いてきた。
「その未来ってどのくらい先のこと?」
―――――――――――――――――――――――――――
「どうせ、信じないだろ?」
 塩崎の表情は怒っているわけでも悲しんでいるようでもなかった。でも、僕はなんとなく罪悪感に苛まれた。
「まぁ、当然の反応だよな」
 と言ってから塩崎は教えてくれた。
「親父が死んだのは、俺が未来を見た調度一ヵ月後だった。今までもだいたい未来は三週間から一ヶ月の間に現実になった」
「そうか」
 と、しか返す言葉が思いつかなかった。僕は嘘を見抜くのが得意なほうではないけれど、塩崎が僕を騙そうとか、からかおうとかしてあんな話をしたのではないことはわかっていた。でも、それでも、僕はどうしてもその話を信じることができなかった。ただでさえ、自分の死を意識することなんてできないのに。(僕だけじゃなく、若いうちから自分の死について本気で考えるような奴なんかいないと思う) そのうえ、突然剣で刺されるなんて想像できるわけがない。本気で僕のことを心配してくれていたらしい塩崎には悪いけれど、そんな信じ難い未来を恐れながら毎日を送るつもりにはなれなかった。
 塩崎の家から帰ってくると、家の前でゆきのが立っていた。
「遅かったね。大丈夫だった? 塩崎君の顎」
 顎? ……あぁ、僕は自分が塩崎にアッパーパンチを食らわせたことをすっかり忘れていた。そして、その時ゆきのの質問を塩崎にするのもすっかり忘れてしまっていたことも思い出した。
「いや、あの顎は大丈夫みたいだったけど、まだちょっと上手く喋れないみたいでその……」
「たっちゃん、私まだ諦めるつもりないから」
 え? いや、ゆきのが諦めても諦めなくても塩崎の顎は大丈夫だと思うけど……。いや、待て何の話だ?
「塩崎君がたっちゃんのことを気になっているのはわかったけど、まだ私諦めるつもりないから。たっちゃんより、私のこと好きになってもらうように頑張るから。……だから、今日のところはたっちゃんに譲ったけど、明日からは正々堂々と戦おうね!」
 正々堂々戦うって運動会じゃあるまいし……ん? いや、待て待て待て、またゆきのの妄想が変な方向に……
「それじゃぁ私、たっちゃんにそれだけ言いたかっただけだから、また明日!」
「あぁ、またあし……じゃなくて。待てよ、空川。僕まだ言うことが……」
「あら、たっちゃん『僕』に戻したんだ? いいんじゃないそっちの方が『俺』って言うよりたっちゃんに合ってると思う」
 塩崎と同じような事を言う。僕が複雑な思いでいるとゆきのはさっさと、僕の話も聞かないで帰ってしまっていた。
―――――――――――――――――――――――――――  
 あれから、二週間が過ぎた。あの日以来たつとは学校で会っても言葉を交わしていない。今までだって一度も話したことなどなかったのだから前に戻っただけといえばそうなのだが。あれから、たつの身にはとくに何も起きていないようだった。信じてもらえないのはわかったけれど、黙って諦めるつもりもなかった。もう、親父の時のような結果にはしたくない、その気持ちは変わっていなかった。「塩崎くーん!」と、呼ばれたので見てみると丸々と太った……なんというか、とても健康的な女子が立っていた。
「悪い。えーっと、……誰だっけ?」
「ひどいわ。塩崎君ってば、クラスメートなんだからいい加減覚えてよ! 山田裕子! ちなみに学級委員」
 なるほど、俺はどうやら本当に人の顔と名前を覚えるのが苦手らしい。
「今度の文化祭のこと! クラス劇で塩崎君が主役やるのにまだ一回も放課後の練習参加してくれてないじゃない。もう、文化祭まで二週間もないのよ?」
 このところ放課後はなるべくたつの様子を見ていたのでクラス活動の方に全く参加できていなかったのだ。
「そっか、すいません。今日は出るよ。ところでうちのクラスって何の劇をするんだ?」
「もぅ、何を今更言っているのよ。『ロミオとジュリエット』でしょうが」
 思わず噴出した。俺が主役をやるって?
「それって、どうしても俺が出なければいけないのか?」
「もちろん。だってクラス全員の推薦だもの」
 待てよ、俺はそんな推薦した覚えはないぞ。
「……じゃなくて、クラスの女子全員の推薦だったわ」
 山田はそう付け加えて、ぺろりと舌を出した。
「……あ、そう。ちなみに相手役は?」
「わ・た・し」
 山田はにこにこと自分の丸い顔を指差している。
「……あ、そう。ちなみにそれも推薦?」
「ううん。立候補」
 だろうな。とは、もちろん口に出さず、とりあえず手渡された台本に目を通す。ラストのところまで読み進んで俺はあることを思いついた。
「素敵でしょ? 美しくも儚い悲恋。……練習ちゃんと出てね?」
「もちろん。今日からちゃんと参加するよ。今まで悪かったよ山根さん」
 笑顔で言うと笑顔で返ってきた。
「山田。日本一覚えやすい名前だと思うんだけど」
―――――――――――――――――――――――――――
  あれから、二週間が過ぎた。塩崎は学校で会ってももう僕に何も言ってこない。塩崎が言ったことが全く気にならないと言ったら嘘になる。でも、こうして今までと変わらずに生活を送っていると、もう少しして、もしかしたら自分が死ぬかもしれないなどとは全然思えなかった。
「ねぇねぇ、聞いた? たっちゃん、一組の劇のこと」
 突然、ゆきのが話しかけて来た。この前僕に自分からライバル宣言してきたばかりだというのによくも、こう当然のように僕のところへ来るものだと思う。だいたい、ここはゆきののクラスじゃないだろう。……まぁ、そこがまた、ゆきののかわいいところだと僕は思っていたりもするわけだが。
「劇って何の話だ?」
「文化祭に決まっているでしょ。なんと、たっちゃんのクラス塩崎君が主役やるんだって」
「へぇ、それはすごい。で、一体何の劇をやるんだ?」
「もぅ、自分のクラスのことでしょう? 『ロミオとジュリエット』 そんなことも知らなかったの?」
 思わず噴出した。塩崎がロミオだって? 全くふざけている。
「クラスの女子全員が推薦したんだって。いいなぁ。私もたっちゃんと同じクラスだったらジュリエットに立候補したのに。誰がジュリエットやるの? もしかしてたっちゃん?」
 本気で言っているのか? と、聞こうとしたとき後ろから丸まるとした女子が現れた。
「わ・た・し」
「わぁ、驚かすなよ。山根。何が『わ・た・し』何だ?」
「ジュリエットが私。私は山田」
 なるほど。山田なんて覚えにくい名前しているから悪いんだ。
「……それで、ジュリエット、僕に何か用かい?」
「あら、あなた以外とノリがいいのね。今みんなに文化祭で何の係につきたいか聞いて回っているところなんだけど、せっかくだからあなたには役者やってもらうわ。」
 と、太めのジュリエットは僕に微笑んだ。……しまった。そんなの冗談じゃない。小道具とか適当に楽そうなものにつくつもりだったのに……。役者なんて冗談じゃない。そんな大役引き受けるつもりにはなれない。
「村人Aなんてどう? セリフは特にないんだけど」
「よろこんでやらせていただきます。ジュリエット様」
 かえって小道具とかよりも楽かもしれない。
「あらあら、たっちゃんそんな大役軽々しく引き受けちゃっていいの?」
 そんな僕の心を見透かしたようにゆきのが嫌味っぽく言ってきた。僕はそれっきり、全くはじめからやる気のなかった文化祭のことなどすっかりと忘れてしまっていた。 ―――――――――――――――――――――――――――
「はい、これ塩崎君の衣装ね」
 文化祭当日、山根に……いや、山田に手渡されたその衣装はやけにテカテカと光っているど派手な物だった。
「あれ、これ練習で使っていたやつと違くないか?」
「そ、私が作り直したのよ。全く、衣装担当が中途半端な仕事してくれるから。私は本物志向なの」
 そう言ったジュリエット山田の衣装は確かに俺の衣装よりもさらにど派手だった。恰幅のある山田が着ているとなんだか迫力がありすぎて……何だか夢に出そうだと思った。
「さすが、力の入れ方が違うね」
「ありがとう。でも、塩崎君も真面目に練習に参加してくれて助かったわ。あなたの演技は本物志向の私の目から見ても文句なしだわ。……それに比べて他のキャストの子たちははなからやる気なくててんでだめだけど。練習にだって一度もきていないような子もいるし」
「……まぁ、仕方ないだろう。皆それぞれ忙しかったんだろうし。エキストラの奴らには俺が袖からそれぞれに指示出しとくから、安心して山根さんは自分の演技に集中していてよ」
 山根には、演技だけに集中していてもらわないと困るのだ。俺の「計画」が上手くいかなくなる。もともと成功する確率のものすごく低い「計画」であるのにはちがいないが。
「えぇ。ありがとう。頑張るわ」
 山根はにっこり笑って付け加えた。
「私は山根じゃなくて山田だから。いいかげんに覚えてね?」
 ……さすが、完璧主義者だ。……いや、本物志向か。どちらにししても油断はできそうにないな。 うちの学校の文化祭は各クラス屋台と劇を両方やることになっている。大抵の生徒は屋台の方にばかり力を入れ、体育館で行われる劇には参加したがらない者がほとんどだった。たまに山田のような物好きの例外を除いて。 舞台は順調に進んでいた。俺も自分の演技には自信がなかったが、山田のハード演技指導に毎日付き合わされていた甲斐があってか、かたちにはなったと思う。考えてみれば、自分からこんなに学校行事に積極的に参加しことなんて生まれて始めてかもしれないと思うと、不思議な感じだ。でも、悪い気はしなかった。これもたつのおかげかもしれない。そうだ、今回はそもそも俺は別の目的でこんなふざけた格好で、演技なんかしているのだ。その時ちょうど袖の隅から裏の方に帰ろうとしているたつを見つけた。あいつがセリフもないちょい役をもらっていることはすでに知っていた。ちょい役のわりには意外としっかりとした衣装を着ているのには驚いたが……。裏に行こうとしているたくを俺は小声で呼び止めた。
「おい、何している? お前の出番はこれからだろう?」 ―――――――――――――――――――――――――――
どうも、おかしい。僕の役、村人Aはたしか、最初に民衆として出てくるだけだと聞いていたはずだが……さっきそう言った僕に塩崎は言った。
「何言っているんだ。村人Aって言ったら、最後の最後で超重要な役割を果たすじゃないか。何? お前もしかして『ロミオとジュリエット』のストーリー知らないのか?」
 そんなはずはなかった。僕だってちゃんと読んだことはないがおおよそのストーリーの流れくらいは知っている。しかし、そう言っても塩崎は
「ごちゃごちゃ言ってないで、ちゃんと俺が指示した通りに動け。いいか? 絶対だぞ?」
 と、言ってさっさと自分の出番になり行ってしまった。あんな劇に熱くなるような奴だとは思わなかった。さて、舞台の方はいよいよクライマックスだった。「魔法の薬」で仮死状態となっているジュリエット(山田)が本当に死んでしまったと勘違いしたロミオ(塩崎)はジュリエットの棺の上で服毒自殺。そして目覚めたジュリエットはロミオが死んでしまったことに気付き絶望し自ら剣をもって……。塩崎によるとここで村人A(僕)がジュリエットの手からその剣を奪って
 ……ところがやはりおかしい。舞台に突然登場した僕を見て客席がどう考えてもざわついている。山田も役になりきっているところで突然僕が現れたので動揺してしまったようだった。僕は客席を見つめたまま無表情にしばらく立ちつくすことしかできなかった。塩崎にはめられたのだ。僕は手に持っている剣で塩崎をぶった切ってやりたい思いでいっぱいだったが、これがどうせ作り物であることは知っていた。と、どういうわけか突然死んでいる(役の)はずの塩崎がむくりと起き上がった。客席の人々がまた動揺してざわつきがさらに大きくなった。しかし塩崎は気にせず、素早い動きで僕から剣を奪いさらに、それを僕の胸に突き刺した。……と、言っても勿論イミテーションナイフなので、これは突き刺すと同時に刃先が引っ込む。僕は痛くは無い、ナイフから血のりが飛び出した。僕は何とか塩崎に文句を言おうとしたが、口を開いた瞬間口の中に何か流し込まれて、むせて話せなくなった。口から赤いものが飛び散る、これも血のり? ……いや、トマトジュースのようだった。さらに塩崎は僕を素早く足がけして後ろに倒れさせた。どれだけ身体能力が優れているんだこの男。
「ジュリエット、危ないところでした。この男はあなたを殺そうとしていた。こいつはそもそも私達の両親を唆し仲違いさせた張本人だったのです。この男さえいなくなればもう大丈夫。もう、キャピュレット家とモンタギュー家の両家は長い憎しみ合いの連鎖から開放され、和解することができるはず、僕らは皆に認められて結ばれることができるのです。」
――――――――――――――――――――――――――
「素晴らしかったわ。塩崎君、あなた演技の才能があるわよ。アドリブであそこまでできるなんて」
「あぁ、本当にすごかったよ、塩崎。お前きっと詐欺師の才能があるよ。騙しの天才だ」
 舞台は何とか、決して無事にとは言えないが、終わることができた。客席は最後までざわついていたが、俺の考えた最後のセリフが良かったのか、スタンディングプレーで拍手喝采してくれる人までいた。幕が下りると山田は感激の涙を流して俺に抱きつき、たつは起き上がり、俺に再びアッパーを食らわせた。しかし、今度は予想通りの展開だったので、歯を食いしばり、気を失ってしまうことはなかった。
「それにあなた脚本家の才能もあるわ。最後のあのセリフ、皆が感動したわ。悲劇の物語をみごとハッピーエンドに変えてしまったんですもの」
「それに、お前計画犯罪としても完璧だぜ。あの小道具の準備のよさといい。性格悪すぎだよ」
 こうして、俺はさっきから山田とたつから交互に賞賛と嫌味を言われ続けている。
「山田さん、今日の舞台俺がちょっと変えちゃったけど、一応成功したってことでいいのかな?」
「もちろんよ。あなたのおかげで大大大成功だわ」
「ありがとう。それじゃぁ、悪いけどちょっと席を外してくれないかな? こいつと二人で話したいことがあるんだ」
「え? ……あ、はい……」
 山田は少し面食らった様子だったが、素直に下がってくれた。微かに去り際、「皆に認められた」とか、「運命の相手」とか山田が言っているのが聞こえた気がしたが、まさか気のせいだろう。明日から変な噂が立たないといいが……。
「おい、いいのかよ? お前の『運命の相手』ほっぽっといて」
 気のせいではないらしい。たつにも聞こえていたようだ。俺は苦笑いで答えてから本題に入った。
「今まで、悪かったな。何か振り回してしまって……。もう、未来は俺の中で現実に起こった。お前がこれから剣で刺されて死ぬなんてことはもう言わないから安心してくれ」
 俺はたつに向かって頭を下げた。たつに俺がお前を守ってやったのだと恩着せがましく言うつもりはなかった。俺は俺がそうしたかったからそうしたのだ。たつはあきれたと言って溜息を吐いた。
「お前、本当に僕が死ぬかもしれないと思ってこんな手の込んだことしたのか? 本当信じられない奴だな。」
 不思議と今は面と向かって信じられないと言われているのにショックは感じなかった。俺はところでと、質問した。
「結局お前の本名って何なんだ?」
―――――――――――――――――――――――――――
 どうしても気に食わない奴って必ずクラスに一人はいるものだと思う。僕にとって塩崎豊がそれだ。文化祭で『ロミオとジュリエット』のクラス劇が成功(?)してからというもの、女子の間での塩崎の人気はさらに上がり、僕の幼馴染の空川ゆきのもあいつのことをますます気に入ってしまったらしい。あんな奴どこがいいのか、クラスメートの名前すら覚えないし、大体本人は女嫌いじゃないか。
「まぁ、たつといる方がおもしろいもんな、そりゃあ、仕方ない。」
 とか、気持ちの悪いことを言ってくるような男だ。ん? 待てよ、そもそも。
「お前もう、僕のこと振り回さないとかこの前言ってなかったか?」
「そんなこと言ったか? でも、別に一緒にいるだけでお前のこと振り回しているわけじゃないし問題ないだろう?」
「お前が傍にいるだけで僕は十分振り回されることになるんだよ。」
 どうしてかと言うと…
「また、たっちゃんってば、塩崎君にベタベタして。離れてよ!塩崎君は皆の『ロミオ』様なんだからね!」
 ほら、ゆきのの妄想がまた暴走するんだ。どうして、ゆきのはいつまでたっても僕の気持ちに気付いてくれないのだろうか。塩崎は塩崎でゆきのがいつもこんなこと言っていても否定もしないし。おい、たまにはお前が何とかしろよ塩崎。……しかし、その塩崎は気分でも悪いのか頭を抑えてフラフラしている。
「おい、どうしたんだよ? 塩崎、お前具合でも悪いのか? 頭痛か? 目眩か?」
 しかし、僕が何を聞いても塩崎は何の返事も返さなかった。まるで心ここにあらずと言った感じで宙を無表情のまま見つめている。ゆきのも異変に気付き心配しだしたころ、塩崎がまるで目でも覚めた時のようにはっと、していきなり立ち上がった。しかし、それでもまだ、塩崎は何も話さず、青い顔をしてただ僕を凝視していた。
 ……何だかこの感じ前にもあったような……僕はものすごく嫌な予感を感じた。やっと、口を開いた塩崎の言葉は僕の想像していたものよりさらに最悪だった。
「お前が信じようと信じまいと、先にこれだけは言っておく。……例え、何があってもお前のことは俺が守るから。絶対」
「おい、そのセリフ前にも聞いたぞ。まさかとは思うが……」
 塩崎は全くふざける風でもなく、頷いた。
「お前の未来が見えた。」
 ……こいつの話が本当か嘘か結局のところはわからないが、これだけは言える。僕は塩崎豊がどうしても気に入らない。
                              ―終― 

かなり読み難かったかと思いますが、最後まで読んで下さっていたらありがとうございます😭

来週は何か書けるかな。書けなくても多分何かは上げます。

よろしく、私。


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