マンガ評 なまえれんらく『日陰に迷う』
私は成人向けマンガを愛読している。
学生時代に集めたものは300冊を優に超えている。
大人となった今も週に一度は危ないショップに足を運んでいる。
地方都市の国道沿いにある『本・DVD』と書かれたあの類のお店だ。
いつもチェックする新刊コーナー。
その中で『日陰に迷う』は文字通り異彩を放っていた。
通常、成人向けマンガの表紙は、女の子を「とてもおいしそうに」描く。
線画を感じさせないよう色をつけて柔らかく表現したり、
ふくらみの頂にハイライトを入れて瑞々しさを表現したり、
ピンクと肌色をふんだんに使って見る者の三大欲求の一つを刺激したり、
さながらフルーツ盛り合わせか、小洒落た洋菓子店の陳列棚の趣だ。
しかし、『日陰に迷う』は、全く異なった。
全体的にあっさりとした色彩に、肌色も控えめ。
何より背景に吊るされた生肉があり、おどろおどろしさすら覚える。
もし通常の成人向けマンガが洋菓子なら、これは和菓子だ。
色とりどりのフルーツケーキに囲まれた、あんころ餅があった。
私は思わず食指が動き、レジに持って行った。
『日陰に迷う』は、雑誌に掲載された作品を集めた単行本だ。
単行本を一貫するストーリーはない。
作者が描く独特の世界につられて、いわゆる「雰囲気系」の作品群と判断してしまう人もいるだろう。
しかし、『日陰に迷う』は極めて緻密に構成されている。
決して曖昧模糊として解釈を濁す「雰囲気系」などではない。
各話を貫くモチーフの存在をひしひしと感じさせるのだ。
私はそれを「半異世界でのボーイミーツガール」と読み取った。
「半異世界」とは、我々が日常を送る世界と少し隔絶された世界。
肉屋の冷蔵室、下水道の中、雑居ビルの間……行こうと思えば行ける世界。
手を伸ばせば届くけれど、誰もすすんで行こうとしない世界。
そんな半分異なる世界の中で、一組の男女が出会う。
すべての収録作品がこのモチーフに沿っている。
にもかかわらず、同じ話など一つもない。手癖で書いていないのだ。
ここから『日陰に迷う』が丁寧に作られていることが分かる。
もし問題があるとすれば、それは読者側の誤解が生じそうな点だ。
表紙から「女の子が生肉に加工される成人向けマンガなのかな」と思う人もいるだろう。
(正直言えば、私もほんの少しそっち方向の予想をしていた)
それによって敬遠してしまう読者がいるかもしれない。
だが、驚くべきことに『日陰に迷う』には奇をてらったグロテスクな表現は一切ない。
「雰囲気系」でもなければ「猟奇系」でもない。
私はいい意味で誤解していた。
何より驚きなのが、これがワニマガジン社から出されていることだ。
ワニマガジンといえば、成人向け雑誌界の少年ジャ〇プ『快楽天』を発行している出版社。
業界最大の大手である。
成人向けマンガにもいくつか王道の話の構成がある。
ワニマガジン社の作品といえば王道のイメージが強い。
『日陰に迷う』はそれら王道に当てはまらない作風でありながら、同社の看板雑誌の一つ『XEROS』に掲載されていたのだ。
また、その業界最大手が『日陰に迷う』の帯に「鬼才」の二文字を謳っている。
読了した私もその謳い文句に大いに同意するところだ。
ぜひまだ未読の方がいたら読んで欲しい。
そして私のように紙の成人向けマンガを愛好する人ならば、本棚に加えて欲しい。
そう思える一冊だった。
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