音楽であることをやめて、

歌は不思議だ。
歌にはその人のすべてがうつる。

リズムやメロディの揺れ、音の太さや煌びやかさ、
それらすべてが、その人自身の生きてきた道筋を
言葉以上に流暢に語る。

ぼく自身、ふと幸せを感じる瞬間や、
言葉では表せない痛みや虚しさに出会ったとき
メロディが不意に口を衝く。

眩しい光を思わず手で遮ったり、朝起き抜けに
ベッドの上で体を大きく伸ばしたりするように
生きる上での欠かせない身体機能の一部として
歌うという行為が身体に深く刻み込まれている。

そのような具合で、歌とともにこれまでの人生を
暮らしてきたが、
ここ最近ぼくのなかで、歌を歌う際に
異なる二つのメンタリティが存在することに気がついたので、
それについて書き記してみようと思う。

ーーー

ぼくが普段ステージで歌を歌うときは、
”アンサンブルの一部としての歌”を歌うケースが大半だ。

バンドをはじめ、他楽器に混じって歌う場合は
その瞬間にだけ生まれる、音が織りなす小さな社会の一員となり
時には自らのエゴやパーソナリティをも敢えて排し、
リズムやハーモニーそのものとなって
音楽という集合体を形作る要素のひとつとなる…
そのような心持ちで、音世界へ没入することが多い。

歌(=ボーカル)は多くの場合、アンサンブルの中でも
メインとなるメロディを担当しているケースが多いため、
リズムやハーモニーでもって、他楽器に対し
より主体的にイニシアチブを示し
アンサンブルの中で指針を示していく立場となる。

つまり、よいアンサンブルを成立させる上でボーカリストは、
歌が持つ”音”としての機能性(正確なリズム・ハーモニー)を
誰よりもしっかりと理解している必要があり、
バンドの中で最も音楽的であることを求められる。
カラオケ気分でなんとなく…では存外務まらない、
非常に奥の深いパートであると言える。

…と堅苦しく書いたが、

自分の歌、ひいては歌に込めた意志が
自らのパーソナリティを飛び越え、
音というエネルギーとしてアンサンブルに交わり
他者とコミュニケーションが成り立った瞬間のあの多幸感は
何物にも代え難く、

口下手で、会話によるコミュニケーションが不得手なぼくにとって
これ以上に素晴らしい他者とのコミュニケーション方法は
なかなかこの先も見つからないような気がする。

ーーー

アンサンブルのなかにおいて歌(=ボーカル)は
音として機能的であることを求められ、
その役割を全うできたとき、よいアンサンブルが成立すると上述した。

リズムやハーモニーが美しく整っている歌は、
当たり前だが素晴らしいものだ。
”上手な歌”と言われる歌には、大抵これらの音楽的条件が
しっかりと揃っていたりする。

ただぼくが、誰かの歌を聴いているときに
一番心が揺れ動く瞬間は、
その人の歌が音としての機能を飛び越えて
汚れたノイズや叫びと化し、
見苦しいエゴと致死量のエモーションを伴って
ステージから襲いかかってくる…

そんなときだ。

ぼくはこの、歌が、音が
言わば『音楽であることをやめている』…
そんなある種不恰好な状態に立ち会うたび、
狂おしいほどの愛を覚え、全身に震えが走る。

これは自分がステージの上で歌っている時も同義で、
整ったバンドサウンドのなかで、
敢えてボーカルとしての役目を捨て
自分自身のエゴだけを乗せた、歌にならない叫びでもって
ステージをめちゃくちゃにしたいと感じる瞬間がある。

そこには往々にして機能性なんてものはないし、
下手をするとその音によって、
アンサンブルは崩壊してしまうかもしれない。

ただ正直なところ、
ぼくは美しい音楽、ひいては芸術作品を鑑賞しながらも
その静謐がどこかで無惨に破壊される瞬間を
心のどこかで期待しているような気がするのだ。

きっと人は、音楽を聴きながら
その裏に込められた芸術家の悲しみや怒りを
自分の中にある同じような憂いと重ねては、
互いに引っ掻き傷をつけあい、血を流し
最終的に大爆発を起こす…
そんな一瞬に出会うために
今日もライブハウスへ足を運ぶのではないだろうか。

少なくともぼくはそんな表現が好きだし
自分もそういう表現者でありたいと強く思う。

ーーー

リズムやハーモニーを構築し、マナーにのっとりアンサンブルを活かす歌。
音楽であることをやめ、自分自身をそのまま剥き出した歌。

まるで二重人格のようだなと思う。
言葉で説明するよりもずっと正直に、
歌は自分の本当の姿を浮き彫りにしてしまう。

これからもきっと歌を歌い続けていくだろうけど、
自分の表現が”音楽であること”に
とらわれすぎていると感じるとき、
獣のような本音を、
黒々とした醜い叫びを
それすらも自分として愛し、表現できているか。

自分自身に何度も問いかけて
歩んでいけたらと思う。

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