愛してるから、全ては言わない
「愛してるから、全ては言わない」
そう言った彼女の声が、嫌に耳に残った。
アメリカの多様性の授業の時だった。
やることは全て終わり、授業終わりの雑談に移行した時だった。
彼女は彼女の父親の話をした。
彼女は多様性の講師なんかをやってるくらいだから、年功序列や男尊女卑、人種差別などの観念には否定立場を示すことが多い。
しかし、アメリカの田舎出身の彼女の父親は、そうではない。
彼は年を重ねて、男で、白人で、ヒエラルキーのトップに位置していると自覚があるし、彼の周りのコミュニティだってそうだ。
そういう話をしていた時に、出てきた言葉だった。
「愛しているから、全ては言わない」
「話さなくてもいいことはある」
全てを話すことが良いように語られる。
全てをさらけ出し、その上で話し合うことが最上なのだと、思っている。
私はそんな価値観が嫌で、だって私だって何も言わずに友人と過ごすことはあるし、家庭のことも、趣味のことも、性的嗜好のことも、何も言わずに友達でいる。
好きじゃないから言わないのではなくて、好きだから言えない。
そんなことは、たくさんある。
だからこそ、私は多様性のクラスを受けるのを躊躇していたし(多様性に取り組む人はそういう人が多いという偏見からだ)、もし合わなかったらクラスを変える準備もあった。
最初の授業で、それは霧散した。
そして、授業を受けるうちに、どうして彼女の話が耳に心地良いのかを理解し始めた。
言えないことってたくさんある。
傷つけたくないから、嫌われたくないから、そういった理由で言えないことは、本当にたくさんある。
全てを詳らかにするべきだとは、思わない。
彼女だって、彼女の父親の考え方が彼女の思想と真っ向から反抗するものだと知っていても、彼女の父親が好きだし、彼女の父親も彼女を愛している。
二人で話し合ったら傷つけあってしまうことを隠して、そうして互いと一緒にいる。
それもすべて、愛しているからだ。
価値観や考え方が確実に相入れないのだとしても、好意は変わらない。
好意というものは、価値観や考え方の一致だけで育まれるものではないし、好意と嫌悪は両立し得る。
だけど、そのことを辛く思ってしまうのは、仕方のないことだろうか。
嫌ってしまう性質を、嫌いたくない人が持っているという拮抗が苦しいのだろうか。
だから「愛してるから、全ては言わない」といった彼女の言葉が、深く耳に残り、私の胸を抉ったのだろうか。
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