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私にとって人を愛さないということ



最近同性の子との話を書くことが多いので、今日は異性の子との話を書いてみようと思う。


私は自分の性質上、人と付き合うことはほとんどないけれど、人からアプローチを受けることは有難いことに時折ある。

人に好意を向けられるというのは言葉にし難い経験で、私には未だに理解が難しい感情ではあるから、手探りながらもお断りをしたり、それとなく距離を置いたりする。
色を予測すらできない透明な感情だと、すぐ割れるガラスのようで扱うのが怖くなる。それでも、傷つけたくないからと曖昧に誤魔化すのは自己中心的だと知っているから、恐々とお返しする。そんなことが年に何回かある。

その中でも特に印象に残っている時があった。
一年前。初めてのネパールから帰ってきて、大学に入学してすぐに出会った男の子だった。
たまたまクラスが一緒になって、同じ留学生だということもあり仲良くなった。一緒のクラスではなかったけれど、他にもう一つ同じ科目を取っていたことも大きかった。

彼がいつ好きになってくれたのかはわからないけれど、「ああ、これはまずいな」と気がついたのはバスに乗っている時だった。

私は男女で愛情に差がないので、ついつい異性にも同性の友達と同じように接してしまうことが多くある。その日も、きっとそうだったのだと思う。

バスに乗って、イヤホンを半分こしながらポツポツと話をした。バスは前に通っていた言語学校が入っている大学に向かっていて、私の用事に彼が同乗したような形だった。
私は普通に話していたつもりだったのだけれど、ある時、彼の目に戸惑いが映り始めたことに気がついた。何回も何回も、彼氏の有無について聞かれ、彼氏がほしいか否かの話をした。
「彼氏はいらないかな」と言ったけど、「なんで? 」と問い詰められた。
「ああ、これはまずい」と思いながらも、今更急に距離を取るのは不自然なので、そのまま話を続けた。

バスを降りてから、前に通っていた言語学校の先生に挨拶をして事務的な用事を済ませている時、彼はずっとソファに座っていた。
私は彼を待たせているのが申し訳なくてそわそわしていたけれど、久しぶりに会った先生たちだから積もる話もあって、ネパールの話とか最近の話をしていたら、ちょうど言語学校のクラスの終了時間になっていたらしい。言語学校の友達がやってきた。

友達の彼はスキンシップが割と激しい人で、私の頰を両手で挟んでむにゅむにゅと動かしたり、後ろから抱きついてきて顔を覗き込んだりした。
私も割と距離感がおかしい方の人間らしいので(でも女の子同士だったら普通に許されると思う)、軽く受け入れていた。

その時ふとソファに座る彼が視界に入ったのだけれど、彼はこっちを見て微妙な顔をしていて、「ああ、これは本格的にやばいやつだ」と悟った。何がやばいのかはわからない。
でも彼を待たせているのは心苦しいので適当に話を終わらせて、一緒に帰った。帰っている時に「言いたいことがある」と彼が切り出して想いを告げられ、私が断った。


彼はやっぱり納得していないみたいで、そのあとは何も言わなかったけれど、きっと心中では「どうして彼氏いらないの? 」と思ってたのだろう。告白される前になんども聞かれたし、きっとうまく伝えられなかったのだと思う。

恋人が必要ない、という感情はそこまで珍しいものではない。
時間がないから、何かに集中したいから、余裕がないから。いろいろな理由があるだろう。だけど私の理由はそのどれにも当てはまらないもので、だからこそ他の人には理解し難いものなのだと思う。

恋人が必要になる瞬間がないのだ。
誰かに強い興味を持つこともなければ、性的欲求を覚えることもない。恋愛感情のように激しい愛情を感じることもないし、誰かにそばにいてほしいとも思えない。

できれば一人がいいし、き恋人であるために必要なメッセージだとかコミュニケーションだとか、それが私にはたまらなく面倒なものなのだ。
ハグとか軽いキスはたまにしたくなるけど、それは特定の誰かに向けられた欲求ではなくて、なんならぬいぐるみなどの無機物でも簡単に発散できるものだ。
それに、週の大半一人でいないと、すぐに疲れてしまう。

それを理解し尊重してくれる人だったら或いは一緒にいれるのかもしれないが、そうでないならば、ものすごく仲が良いわけじゃない友人か、何もする必要がない家族くらいが私の限界だ。
それが経験から導き出した答えだ。
だから、私は恋人を作らない。

ある人は私を冷たいというし、それは”愛”ではないという。彼らにとっての”愛”は、何かを欲し、一緒にいたいと願うことなのだろう。その区分でいうと、私の感情は確かに”愛”ではない。

だけど、それがどれだけ薄くて、執着も欲求も抱かない感情でも、それは相手の幸せを願って泣きたくなるようなもので、私にとっては”愛”と呼ぶ他なくて、それ以外にぴったりな名前が存在しない。

人にはいろいろな形の”愛”があって、それはきっと人の数だけ存在する。
だから共通項を見つけて、それをなぞらえて”正解”を作り出せるようなものじゃないのだ。

私は彼を振ったけれど、これからも、私を好きになってくれる人は現れるのかもしれない。その中には彼のように、私の特別になりたいと思う人もいるのだろう。
だけどきっと私ではその人たちが望むものは与えられないから、透明なガラスを割らないように丁重にお返しして、いつかそのガラスの色が見える人に受け取ってもらえることを期待するのだ。

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