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ネット上の『サードプレイス』について

人が気兼ねなく集まれて、気兼ねなく会話ができる。そんな家のリビングルームのような場所のことを『サードプレイス』というらしい。

いろいろ知ってわかってきたことは、サードプレイスというのはどうやら『目的がないことが目的の場所』なのかもしれない、ということだ。

私はコミュ症で、特に人の集まりの中に入るのが苦手だ。
ネットを始めてふと周りを見てみると、あちらにもこちらにもグループを作っている人たち。
私はそれがあまり得意ではなくて、ずっと「どうしたもんかなあ」と考えていた。

きっと私みたいな人に必要なのは、コミュニティではなくてサードプレイスなのだ。

コミュニティに縛られない関係が好きだ。
人が刹那的に出会って、ふらっと別れて、また示し合わせもしないまま顔をあわせる。そんなサードプレイス的な関係が好きだ。

そんなことを考えてた時に、ふと思い出した。
「あれ、これわたしがやってることじゃない?」

私はよく「とり1000は、目的がないのが目的」と言っている。
何かをやるために集まるわけじゃない。ただただ場所を開放して、ふらっと入ってきた人たちが駄弁ったり情報交換をして、またふらっと出て行く。そんな場所にしたかった。

ネット上だと、どうしても会員制のクラブみたいな場所が多くて、そういったサードプレイスってあんまりないなと感じる。(Twitterとかがサードプレイス的な立場になるのかもしれないけれど、あれはどちらかというとリビングじゃなくて『路上』に近い。)

もちろんコミュニティとかってすごく良いと思うけど、多分あれってみんなのためのものじゃない。私はグループを作るのが苦手だし、サードプレイスの方が気軽でいい。

コミュニティを作ることは人類の文明の発達とは切り離せないし、きっとこれからも残っていくのだろう。
だけれどそのコミュニティの間に「サードプレイス」として、コミュニティに縛られたくない人たちの居場所もそっと存在しておいて欲しいのだ。

そんなことを考えながら、「今週はとり1000できるかなあ」と物思いに耽る。
どうやら私の相方のみやこちゃんが、最近頑張りすぎで疲れてきているらしい。心配だ。

そんな疲れた人たちも気楽に集まれるような場所にしたいけど、まだまだそんな場所にはできてない。(前回はちょっとそんな感じだったけど)
やっぱり主催としていると疲れるよね。「1000人集める」って目標立ててるのもあるのかも。

まあ、ゆる〜っと考えていきます。目的もないしね。

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