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すきなもの


雪が好きだ。

シアトルに来たばかりの最初の冬、私は雪ではしゃぐ友人たちを見ながら、どこか安心したような心持ちでいた。「ああ、ここにも雪が降るんだ」と。

南アメリカから来た、雪を初めて見る彼らとは違って、私の地元は毎年たくさんの雪が降る。
彼らの興奮に煽られながら、私が最初に雪を見た時はどんなだったのだろうと思い出そうとする。だけど、きっともう、記憶がない頃から見慣れたものだったので、興奮はなかったのだろう。

雪が好きだ。
雪を見ると、懐かしさと、つい口端を引き上げてしまうような温かい嬉しさが、胸の奥に灯る。

恋にも似たこの胸の高まりは、きっと懐古だろう。

思えば、雪には良い思い出しかなかったかもしれない。

小学生の頃、雪が校庭に降り積もると授業が潰れて、雪で遊ぶ時間になった。最低一時間、たまに全日。みんなで雪合戦をして、雪だるまを作って、かまくらをつくる。

雪が降る季節になると、ビニル製の手袋を常備するようになる。
毛糸製だと、雪に触った時に雪が染み込んできて、手がしもやけになってしまうからだ。
いつどこで雪合戦が始まるかわからないから、常に持ち歩いていた。

雪がたくさん降る地方なので、交通網が乱れることもほとんどなく、台風だと休みになる学校も、雪だけでは休みにならない。


雪を見ると、ずるずると当時の記憶が思い起こされて、胸が少し痛くなる。
あの頃が、きっと、私のしあわせの完成系だった。
当時のストレスが、どれだけ夢に染み出していても、あの頃私は、確実に、確かに情動を蠢かせながら生きていたから。

戻ることのない日々を傷んでいると、どうしようもなく胸が苦しくなって、目の淵が熱くなったような心地がする。

モラトリアムだからこそ手に入れられていた幸せを、私が再び手にすることができる日は、きっともう来ない。

どうしようもなく胸が痛い。
あの頃では手に入れられなかった幸せを、きっと今手に入れられるのだろうけど、あの頃の幸せが欲しいと嘆く胸の痛みが、私の涙腺を刺激する。

雪はまぶしすぎる。
だけど、どれだけ痛くても、私は雪が好きだ。

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