ショートショート「世を渡る」
彼は、いつもとある小説を持ち歩いていた。それは「恥の多い生涯を送って来ました」との一文で幕を開けるのだが、彼にとっては彼自身の存在が恥のようなものらしく、仮に"生き地獄"というものがこの世に再現されるとしたら、それは彼の人生そのものかもしれない。
彼には、喜怒哀楽でいうところの怒りの感情が欠けていた。「温厚な人」と言ってしまえば聞こえは良いのだが、本来、人間として必要とする感情を欠落させていることは、単なる欠陥であり、彼の地獄をまた深めるに十二分な要素であった。彼は他人が何