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散歩道

冬からあっという間に春になり、雪がゴンゴン降っていたのが嘘の様に気温が上がりだして、光がキラキラ降り注ぐ様になった頃、部屋には陽射しは丸く暖かく流れ込み、滞在時間は日に日に長くなって、鳥たちがちゅぴちゅぴと喜んで戯れ出す日々の中、私は主治医に言われた通り体力作りに勤しんでいる。

体力作りは主に二つ。

食べる事。特に落ち込んだり、疲れた時も体力が落ちない様にご飯は食べること。
(私は落ち込んだり、ヘトヘトになると途端にご飯が食べられない)

そして、歩く事。

晴れでも雨でも槍でも花粉でも、凹んでて足が重くても、浮き上がりステップを踏もうとも、とりあえず日の光の中を5キロ歩くのだ。

多すぎても少な過ぎてもダメ。
毎日同じ距離を歩く。

歩くか…『理由なく』歩くのは難しいな…なんてゴニョゴニョ主治医に伝えてみたが、『復帰したいんだったら、それが理由になるじゃない。ね。』とすごく真っ当な答えを返され『確かにな…』と納得し、主治医と約束をしたので毎日歩いている。

面倒くせ…と思ってはいたが、田舎育ちだからか実は歩くのは全く苦ではない。

運動は大嫌いで、憎んでいたマラソン大会はいつも後ろからニ番目か一番最後だったが、歩く事は嫌いじゃない所を見るとどうやら体力がない訳ではないらしい。

思えば遠足も運動会も好きだったしな。

とにかく人には向き不向きがある様だ。

なので、苦ではない歩くという行為で、前向きに、体力。そう体力を取り戻すのだ。

時間は前にしか流れない。
辛い事も悲しい事も、もう終わったのだ。

思えば去年一年を振り返ってみると、厄年(本厄)だったからかなんなのか、身体もメンタルも大変だった。特にお金関係がしんどくて、前年の収入で税金来るとは知ってたけど、お金ない時にどんだけ税金払わないといけないんや…って震えた。
これも…あれも…なんてお金がない時に限って、予想もつかない事でお金が必要になったり、足らなくなったり。
厄祓い行くお金も無かったしなぁ。

しかしお陰で、お金や健康、支えてくれる家族や友達のありがたさ、毎日大切な人が健やかでいる事の大事さ、小さな幸せや笑顔に気付ける機会が増え、妹とも連絡を取る様になったり(つまり妹が優しいのだ)、自分の身体にも耳を傾けたり、スーパーでどこよりどこが安いとか知る事が出来た。

忙しい中、それって忘れがちだから、てめぇ!調子に乗ってそういう基本的な事を蔑ろにするんではない…!って思い出させてくれたのかもしれない。

なんてしみじみ思いつつ、携帯を見ると、そこにはにっこり顔のおチビな姪っ子。
日に日に成長、冒険を続けるこの笑顔の為に私は頑張るぞと、スニーカーに足を入れて歩き始めるのだ。

歩くまでは面倒だが、いざお日様の下を歩き始めると、春の気配の中、窓辺やお庭の猫ちゃんに会えたり、可愛いお散歩中のワンちゃん達と会えて楽しい。

そうそう。気持ちいいよね。なんて、風の香りをクンクン嗅ぐ彼ら彼女達を横目に足取り軽く通り過ぎ、(運が良ければご挨拶できる)もうすぐお花が咲きそうだと並木道を通ったり、いつもはやってないパン屋さんがやっていたり、公園に子どもの笑ってる声がしたり、おばあちゃんがマミーカーを引いてるのを見て、そうだ。ついでに買い物しなきゃとスーパーに入ったりするのだが、その時に買わなきゃいけないものを忘れてしまっても、また明日歩くから買えばいいか〜なんて大らかになったりする。

にこにこずんずん歩いていると、その内近辺を開拓し過ぎてどんどん近道を見つけてしまい、もう少し距離を稼がなければと遠回りしすぎて、変な道を歩いてしまい、帰れるのか…と心細くなったりする時もある。

昔うちの飼い猫と家族で、祖父母の家に泊まりに行った時に、猫が祖父母宅の窓から散歩に出かけていき(うちの猫は勝手に開けて散歩にいってしまう)恐らく迷子になったのだろう。いつもなら帰ってくる時間にも帰ってこず、皆で夜中まで探したが見つからなくて、0時を過ぎる頃、祖母に『明日は仕事と学校やし、帰ってきたら必ず入れとくから、とりあえず今日は帰りなさい』と言われ、渋々家族は車に乗り、半泣きになった事がある。
私と妹は必死に(帰ってきて…帰ってきて…)と、願ったし、母も『仕方ないな〜ま。大丈夫やろ。』と、私たちには明るく言っていたが、前を向いている顔には不安そうな表情が伺え、その答えの様にエンジンをかけるのに少し間があった。
少しの間の後、母が観念した様に、エンジンをかけ車を動かそうした瞬間。前の通りから小さい小さい黒い影が車のライトに照らされこちらへ向かいヨロヨロ歩いてくるのが見えた。そしてそれは正しくうちの飼い猫で、危機一髪。無事一緒に帰れた。そんな事があった。

その後、私と妹は涙ぐんだり小言を言ったが、猫は車に乗って安心したのか、そのままコテリと寝てしまい次の日も起きて来ず、(こういう時の猫は何故かいつもより目がしっかり閉じられ目尻が少し下がっている気がする)グッスリ眠り、そしてその次の朝には元気いっぱい、止める声も聞かず家の付近の縄張りを見回りに出かけていた。

けれど、きっと一生懸命思い出して帰ってきた猫があと5分でも帰りが遅かったら、私たちは出発した後で、きっと家族に置いていかれたと思った猫はショックを受けてグレていたかもしれない。
猫はどこをどう歩いてきたのか、少し汚れていた。

そんな日の猫を思い出し、きっとアイツもこんな気持ちだったに違いない。とウロウロする。
その時の猫の気持ちを考えるとちょっと泣ける。

私は猫と違い、帰巣本能はない。
猫は太陽の位置や星の位置、磁場などでわかるのではと言われているが、私にはないので、文明の力を使う。

特に方向音痴の私は、携帯の地図アプリがなければ到底帰れない。
逆に猫にはアプリなんてない訳だから、ちょっと大変!わからない!迎えに来てにゃ!という事が出来なくて可哀想である。
それさえあればどこにでも迎えに行くのに。

今私はどこを歩いているのだろう…恐る恐るそれで見てみると、なんて事ない近くをウロウロしていただけだった。

なんだこんな事かと思いつつ半笑いし、しかし今日も冒険をした訳だ!と、また家へ向かって歩き出す。

毎日歩く中、日に日に音楽選びが難しくなり(今日はこの気分じゃないんだよな…)と、最終的には聞くものが無くなり、昔に聞いたものまで検索したりして聞いてみる。

それでも耳を傾けてきいてみれば、改めて良い曲だなぁ。なんて。

そうして、私たちは、少しだけ優しくなり、逞しくなり、そして勇ましくなってまた毎日を、色んな季節を歩いていくのだ。

歌う様に、笑う様に。
落ち込んでも、転んでも、また起き上がれる様に。


追伸:次に会った時は、ムキムキになってるかもしれない。




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