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ビバリウム

Vivarium (2019)
映画『ビバリウム』オフィシャルサイト

 ジェシー・アイゼンバーグ、イモージェン・プーツ主演のスリラー映画。何気なく見学に行った住宅地から出られなくなり……というお話。2人は「恐怖のセンセイ」に続く共演作となりますが、いわゆる美男美女ではないので、リアリティがあっていいですね。実際、お似合いだと思います。

 公開前の評判ではホラー・コメディ、公開時の惹句にはラビリンス・スリラーとありますが、全体的なイメージは陰惨ではなく、すごく人工的ではあるのですが清潔に整っており明るいです。ショッキングなシーンもそれほどなく、ベッドシーンがちょっとあるぐらいなので、構えて見る必要はないでしょう。2人が閉じ込められる住宅地の、メルヘンチックであると同時に現実離れした景観はルネ・マグリットの作品のようです。また、脱出不可能な空間でアイゼンバーグがひたすら穴を掘るのは安部公房の「砂の女」も思わせます。ゆえに「シュール」というキーワードが容易に浮かぶ。

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 いろいろな寓意や皮肉が込められているんだと思います。家を持つと言うことはある意味で家に縛られるということですし、家族を持つこともそうです。子供、特に息子が成長するにつれ、母親と息子の仲が否が応にも親密となるため、疎外感を感じた父親は仕事に没頭し、家に寄りつかなくなる様子がまるまんま描写されています。「息子」が意味不明な幾何学模様を映し出すTVに夢中になっているのは、両親には何が面白いのかさっぱり判らないYouTubeやゲーム、SNSなんかに子供が没頭している様を表しているのかもしれません。それでも「母親」は異質な「息子」の世話をしなきゃいけないし、「父親」はそのリソースを生み出すために仕事に精を出す必要があります。住宅地の開発会社の名前がProspect Propertiesなのも、何か意味ありげ。

 オープニングでカッコーの托卵が描かれますが、両親にとってはそれが実の子供であっても、自分たちのそれまでの生活を一変させ、成長を遂げるまでトップ・プライオリティで向き合わなければいけない『侵入者』『寄生者』です。良い悪いではなく、そういう見方もできるということ。この映画の「息子」がいずれ「マーティン」になるであろうことは、早い段階で誰もが判るでしょう。七三分けや白いワイシャツ、他人の真似をするのでね。ただ、そのこととカッコーの托卵が結びつきそうで結びつかない。カッコーの托卵には生物学的な意味・目的がありますが、住宅地に2人を閉じ込めた「誰か」が、何の目的で2人を閉じ込め、「息子」を育てさせるのかは一切謎です。もし「息子」を殺しちゃったらどうなるかもわからない。「息子」の成長が早いと言いながらも時間は経っているはずなのに、2人は年をとっていないように見えるし、髪やヒゲの長さも変わりません。劇中では2人が閉じ込められてから3か月以上は間違いなく経過しているのですが、もしかすると住宅地での1日は現実世界では1分ぐらいなのかもしれません。謎だらけです。

 いろいろな想像や意味づけはできそうなのですが、あれこれ考えた結果、私は答えを出すのをやめました。本作で描かれていることはこういうことだよ、と誰かに説明された途端、本作の面白さがなくなってしまいそうな気がするからです。すごく不思議で、少し悲しく残酷な映画を見た、というだけでOK。それについて、こうじゃないかああじゃないかと考えることはできるけど、無理に正解を出す必要はないし、もしかしたら正解なんてないかもしれない。もっと言えばカッコーが托卵する目的だって、人間の勝手なドグマに過ぎないのかもしれない。だとすれば、托卵にかこつけて本作の謎解きをするなんてあまりにも愚かしいです。本作を見た人たちが「こうじゃないか、ああじゃないか」とネットなんかで議論するのを高みから眺めて「バカだよなあ、大した意味なんかねえのによ」とニヤニヤするのが、ロルカン・フィネガン監督の意図なのかもしれません。

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