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デビルズ・ダブル -ある影武者の物語-

The Devil's Double (2011)

 サダム・フセインの息子ウダイの影武者だったと主張するラティフ・ヤヒアの告発本を原作とする映画。とは言えヤヒアの経歴には疑わしいところも多く、加えて事実として伝えられているイベントもかなり脚色されているようです。制作国はベルギーですが、言語は英語。監督のリー・タマホリはニュージーランド出身で、「007 ダイ・アナザー・デイ」を手掛けたほか、「戦場のメリー・クリスマス」の助監督を務めた人です。ウダイとヤヒアの二役を演じたドミニク・クーパーは、のちに「ニード・フォー・スピード」で敵役を演じました。

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 1964年生まれのウダイ・サダム・フセインはとんでもないクソ野郎として知られています。イラン・イラク戦争で誤って自軍にミサイルを撃ち込んだり、湾岸戦争時は人道支援物資の横流しや密輸でしこたま儲けたり。現在も「ドーハの悲劇」として語られる1993年のFIFAワールドカップの日本対イラク戦では、1点ビハインドのハーフタイム中のロッカールームでイラク代表選手達に敗戦後の拷問をほのめかしたことも知られています。劇中でも描かれていますが、成績不振のアスリートを日常的に拷問し、50人以上を死に至らしめたとも。ウダイはイラク戦争中の2003年7月、米陸軍特殊部隊デルタフォースにより、弟クサイとともに殺害されました。

 本作で描かれるウダイ像は、巷間語られるクソ野郎キャラに非常に忠実です。傍から見れば狂気の沙汰以外の何ものでもありませんが、極限まで肥大した傲慢さゆえに狂気を日常に手繰り寄せるウダイを、クーパーは実に見事に演じています。神をも恐れぬ絵に描いたようなクソ野郎だからこそ、狂気をぐるっと一周して息をするようにに他人を蹂躙するサイコパスっぷりが「ああ、こういう奴いるかも」と、観客によりリアリティを感じさせることに成功していると思います。

 そのウダイに家族を人質にとられ、否応なく影武者を引き受けさせられるヤヒアは、どちらかと言えば現実離れした強さを持った人物として描かれています。並みの精神だったらとても耐えられない残虐行為を間近で見せられるのみならず、事によっては尻拭いまで命じられる訳ですから。しかしウダイは、ヤヒアを自分の代わりに面倒なことを押し付けられる「弟」ぐらいにしか思っていません。やってることの重大さに比べて、考えが幼く浅いのが、逆にリアリティがあります。いますもん、こういう奴。

 ことさらウダイ、ひいてはフセイン家を悪者として描いているのは、どこか不自然な気もします。が、そもそも眉に唾して読むべき原作を、さらに脚色した映画なのですから、「事実と違う!」と言ったところでしかたないようにも思います。政治的な思惑があるのは承知の上で、本作はフィクションとしてなかなか面白い映画だと私は思いました。ただし、当時のイラク国民がいかに苦しんだか、という点を除いて。少なくとも、それだけはリアルなのでしょう。

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