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ロード・オブ・カオス

Lords of Chaos (2018)
【公式】映画『LORDS OF CHAOS ロード・オブ・カオス』公式サイト

 多くのミュージックビデオやライブ映像作品を監督したほか、「スモール・アパートメント ワケアリ物件の隣人たち」「ポーラー 狙われた暗殺者」などの劇場作品も手掛けたジョナス・アカーランド監督のドラマ映画。北欧ブラックメタル・シーンを描いたノンフィクション「ブラック・メタルの血塗られた歴史」をベースに、ノルウェーのブラックメタル・バンド:メイヘムと、バンドの創始者であるユーロニモス(ロリー・カルキン)にスポットを当てた物語です。共演は「ブルックリン」のエモリー・コーエン、ヴァル・キルマーとジョアンヌ・ウォーリーの息子ジャック・キルマー、シンガーとしても活躍するスカイ・フェレイラ、スウェーデンの名優ステラン・スカルスガルドの五男ヴォルター・スカルスガルド。

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 ノルウェーのブラックメタル・バンドのメンバーや取り巻きが教会に放火したり、殺人を犯したりという話がヘヴィメタル・ファンの耳に普通に入ってきたのは、確か1994年の初め頃だったように記憶しています。ユーロニモスがヴァーグ・ヴィーケネスに殺された翌年、メイヘムのファーストアルバム「De Mysteriis Dom Sathanas」がリリースされた年ですね。今ではおしゃれなメタルのインスピレーション源ともなっているブラックメタルが、アンダーグラウンド性を保ちながらも最初に世界的に注目された時期だったと思います。イギリスのヴェノムやスウェーデンのバソリー(アカーランド監督は、初期のドラマーでした)といった悪魔崇拝的なギミックを持つメタル・バンドを原点に、初期のスラッシュメタル、スピードメタルの復興を掲げ、デスメタルを流行に乗った『ポーザー』とみなしていたようです。

 鬱の気があり、奇行を繰り返した挙句に銃で自殺するスウェーデン人シンガーのデッド(キルマー)とユーロニモスとの関係は、実際にはあまり良好ではなかったという証言もあるのですが、少なくとも本作のユーロニモスはデッドのことを憎からず思っているように描かれています。映画的にはキルマーの熱演にも関わらず2人の関係性が踏み込んだ描き方をされておらず、森の中でデッドが銃口を額に当てて「引き金を引け!」とユーロニモスに迫るシーンにあまり緊張感がなかったのが残念でした。私がそこでは何も起こらない、すなわちデッドがその銃でのちに自殺することを知っているからなのかもしれませんが、知っている人間でも緊張するようなナイーブな演出が欲しかったところです。いっぽう、メイヘムのライブでのデッドの自傷や、自殺のシーンはさすがに緊迫感があり、陰惨であると同時に空虚な演出が施されていました。(デッドが自殺する部屋で首を括られていたにゃんこの柄が、やんちゃなうちの次女の柄とそっくりだったので、ひそかに心を痛めていました……)

 デッドが死に、ベーシストのネクロブッチャーと袂を分かったあと、ユーロニモスとヴァーグ(コーエン)との親交が始まります。以前にも2人は会っているのですが、その時のヴァーグはキリスト教徒に通じるクリスチャンという本名と、デニムジャケットに売れ線ハードロックの代表格だったスコーピオンズのパッチを付けていたことをユーロニモスに揶揄されていましたが、再びユーロニモスの前に現れたヴァーグは自信満々、ブラックメタルのアンダーグラウンド性の何たるかを体得・体現し、自分1人のプロジェクト:バーズムのデモテープでユーロニモスの度肝を抜きます。

 余談ですが、ユーロニモスが実家暮らしだったり、バーズムのレコーディング費用をヴァーグが母親から借りたりというのは、ブラックメタルどころかロックっぽくないですが、その中途半端さが逆にリアリティありますね。本作の持つちょっと甘酸っぱいテイストにも通じています。

 この頃、ユーロニモスのレコード店を根城とする『インナーサークル』(劇中ではブラックサークルと呼称されていました)が興きます。「誰が一番邪悪なことをしたかで序列が決まるグループ」と説明されることもありますが、ただ酔っぱらいながらメタルを大音量でかけてタムロするだけの秩序のない集まりだったのが実態だそうで、劇中でもそのように描かれていました。ただし、奥底ではグループの主導権を『邪悪な行為』によって無意識に争う体となってしまいます。墓荒らしや教会への放火が行われますが、決定的な出来事となるのはファウスト(スカルスガルド)による殺人。(ユーロニモスのレコード店を手伝っていたファウストはメイヘムのメンバーではなく、エンペラーというバンドのドラマー。犯行から1年以上逮捕されませんでした) 行き着くとこに行き着いてしまったこの件で、事はガキの悪戯(放火はもちろん犯罪ですが)では済まなくなり、悪事をネタにブラックメタルをもっと大きなムーブメントにしたいユーロニモスと、彼を口ばっかりで何もしない・できないと非難するヴァーグとの溝は埋められないものに。

 そして、ヴァーグによるマスコミへのこれまでの悪事のリークにより、2人の関係は殺す/殺されるにまでエスカレートします。実際のところは、「ヴァーグをスタンガンで気絶させ、森の中でふん縛って拷問し、死ぬまでカメラで撮影する」とユーロニモスが言ったかどうか定かでないのですが、逮捕後のヴァーグはそのように供述し、「殺られる前に殺った」と主張したようです。ヴァーグによるユーロニモス殺害は、前半のデッドの自殺以上に緊迫した、痛々しく陰惨なシーンとして描かれています。

 ちょっとした行き違い、野望の微妙な交錯がエスカレートし、刃傷沙汰へと不可逆的に至る人間関係の脆さ。ただ無責任に飲んだくれてメタルを聴いて演奏して楽しんでいた時期を思い「何でこうなるかなあ」と血まみれで死んでいくユーロニモスと、同じく「どうしてだろうなあ」と思いながらもナイフを振るうことを停められないヴァーグ。暴力描写に寄り添うセンチメンタリズムゆえに青春映画と評される本作ですが、土壇場で総ての要素が破滅へと全速力で向かうさまは、往年の東映実録路線にも通じるものを個人的に感じました。その余韻を楽しみたかった私としては、ラストのユーロニモスの「語り」は不要かなとも思ったのですが、精いっぱいの虚勢もまたロックっぽくていいのかもですね。

 こちらはアカーランド監督による、オジー・オズボーンの「Under the Graveyard」のミュージックビデオ。若き日のオジーを演じているのは、本作出演のキルマーです。

【追記】
「De Mysteriis Dom Sathanas」のレコーディングシーンでボーカルをとっているアリオン・シハーは、実際の「De Mysteriis~」アルバムでゲストとしてボーカルを務めた(後年、正式加入)アッティラ・シハーの息子です。

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