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屋根裏の殺人鬼 フリッツ・ホンカ

Der goldene Handschuh (2019)
映画『屋根裏の殺人鬼フリッツ・ホンカ』公式サイト

 「女は二度決断する」のファティ・アキン監督による、70年代のドイツ・ハンブルクで4人の娼婦を殺害したフリッツ・ホンカの犯行を描くドイツ映画。ホンカ役のヨナス・ダスラーは「僕たちは希望という名の列車に乗った」で注目された新進気鋭の若手俳優(もちろんイケメン)で、特殊メイクと優れた演技力により、この汚れ役を見事に演じています。

 ホンカって、同郷のフリッツ・ハールマンやペーター・キュルテン、米国のエド・ゲインやテッド・バンディなんかの『スター級』と比べると、かなりマイナーな殺人者かと思います。私も、その特徴的な風貌こそ何となく憶えていましたが、正直「何した奴だっけ?」という感じ。本作でも特異なキャラクターは与えられておらず、アル中で女好きのキモい醜男ではあるけれど、行きつけのバー『ゴールデン・グローブ』では常連として何となく受け容れられていたりします。

 そして本作が特徴的なのは、ホンカが人を殺す理由がほとんど説明されないこと。不幸な生い立ちがあるとか、ホラー的な人格の異常性とかはほとんど描かれていません。もちろん不愉快なクソ野郎なので、「何でそこで殺しちゃうよ?」とは思うんですが、上述した『スター級』のようなヤバさはない。全部行き当たりばったり。画面からそのすえた匂いすら漂ってきそうな、ひたすらジメジメと汚いアパートで、キモ男と太ったおばちゃんがドスンバタンしている様は、残虐を通り越して「この絵面ならばさもありなん」と、日常のひとコマとして成立しちゃってるような錯覚さえ起こします。

 ホンカにしろ、犠牲者にしろ、バーの常連にしろ、ほんとダメダメな人達しか出て来ないんですが、全然突飛な感じがしなくて、70年代初めのハンブルクって意外とこんな感じだったのかも。アキン監督は1973年同地の生まれだそうなので、ぎりぎりこの時代の残り香を嗅いだかもしれません。こうした底辺感覚に対し、落第した女子高生とその男友達、ホンカが警備員として務める近代的なビルとそこの清掃婦が出てきますけど、意外と対立構造にはなっていなくて、ジメジメした底辺を描くうえでのアクセントとして機能させているのは面白いなと感じました。女子高生も清掃婦も、すごい美人さんという訳でもないのがいいのかな。

 とにかく汚くて下品でうんざりする映画なんですけど、殺人すら日常として淡々と描かれているので、悲哀や滑稽さもきちんと盛り込まれているのがいいですね。ちょっと仲良くなったからって素人の人妻に「好きなんだ、ヤラせてくれ!」と詰め寄ったり、老娼婦といたすのにヌード写真を見ながらシゴいたり(ヤんなきゃいいじゃん!)、遺体の一部の隠し場所を開けて悪臭に驚いてゲロ吐いたり(テメーで隠したんじゃん!)……ほんっとにバカだし哀しいし笑える。ダメダメのキモ男で連続殺人者なのに、憎みきれません。それはもしかすると「こいつもお前らもそう変わらないんだよ」というメッセージに帰結するのかもしれませんが、そこにあまり踏み込んでいないのは親切ですね。辟易としつつもなぜか安心して見ていられるのは、「俺ここまでバカじゃないし」って思っているからかもしれません。

 ホンカ役のダスラーの演技がすごいと書きましたが、犠牲者役のおばちゃん達の演技も負けず劣らずです。本国でそれなりにキャリアを積んできた人達みたいですけど、よくこんな汚れ役をやるなあと。そのギラギラの女優魂に素直に拍手を贈りたいです。

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