見出し画像

レッド・スネイク

Soeurs d'armes / Sisters in Arms (2019)
映画『レッド・スネイク』公式サイト

 カロリーヌ・フレスト監督による戦争ドラマ映画。主演のディラン・グウィンをはじめ、日本ではさほど名の通っていない人たちが出演しています。「バハールの涙」と同じく、ISによるシンジャル侵攻とクルド人ヤスディ教徒の苦難、クルド女性防衛部隊(YPJ)の活躍を描きます。

 本作が初の長編作品となるフレスト監督はどちらかと言えば根っからの映画人ではなく、メインは著述家であり、反イスラム原理主義者であり、左派フェミニストと認識しています。2015年1月のシャルリー・エブド襲撃事件当時、同紙と深い関りのあった人物です。確かレズビアンだったはず。

画像1

 そんな人の映画なので、男はみんな原理主義者・差別主義者で無慈悲な悪党で、それをISに仮託するような厳しい映画かと思っていましたが、意外とそうでもありませんでした。抵抗勢力側にも男性(おそらくYPG)がいて、女性部隊と一緒に戦います。もちろん本作で描かれるISは極悪非道の徒であって、組織のリーダーと、その腹心でジハーディ・ジョンをモデルにしたと思しきイギリス人司令官(以下、英国人)は絵に描いたような悪役。

 英国人はアラブ人の妻とその弟と暮らしているのですが、主人公ザラ(グウィン)を奴隷として買い、堂々と自宅に連れ帰り凌辱します。妻と義弟はそれを疑問に思いながらも見て見ぬ振り……という設定は、女性に対する人権蹂躙を目の当たりにしながら他人事のように振舞う世間(それは男性だけでなく、女性も含まれる)を暗示しているんでしょうね。脱出したザラが参加するYPJのキャンプでも、女性が人種・宗教を超えて結束し、被虐の歴史を変えましょう! 的な教育がされているんですが、そっちはいささか教条主義っぽくて、英国人の家庭環境描写のほうが、フレスト監督のフェミニズムがより如実に示されているんじゃないかなと感じました。

 「バハールの涙」と比べると、本作のほうが娯楽要素が多いとの印象です。日本版ポスターの惹句に「ハード・ミリタリー・アクション」とありますが、アクション要素も本作のほうが強い。特にザラを含む難民が救出される車両バトルのシーンはなかなか迫力があってかっこいい。(「マッド・マックス」はさすがに笑いましたが) アクション映画って、たとえそれが殺人行為であっても、最低限「かっこいい」と思わせなければならないと思います。

 かと言って本作はアクションにがっちり寄せている訳ではないんですが、人間ドラマや家族愛、報復、フェミニズム、宗教観などいろんな要素を盛り込んでいる割にバランスが悪く、消化不良が目立ちます。原題にあるとおり、軍事行動で結束したシスターフッドがメインテーマだということは頭で理解できるものの、部隊のメンバーのキャラクター描写が浅いうえ、リアルな戦場の苛烈さ・非情さがまるで描かれていないため、結束の重みがありません。何人かのメンバーは確かに戦死するのですが、そこに至るまでに結束が十分に描かれてないもんだから、その死も重みに欠けます。訓練キャンプや巡回中に見つけたプールでキャッキャはしゃぐ様子は女子高の部活みたい。「ケータイ返してよ」とか、お前らやる気あんのかと。ラストのチューも何か気に食わない。(笑)  ハードで無情なリアルの合間にジェントルでソフトなひと時があればこそ……だと思うんですがねえ。私が男性脳だからですかねえ。

 あと、クライマックスでザラの弟が『戻ってくる』シーンもあまりに演出が雑だなあと思いました。子役の演技が稚拙なのも一因かと思いますが。

 「バハールの涙」を見ている人は本作との比較を避けることはできないだろうし、その結果おそらくリアルとファンタジーのバランスがより良好な「バハール」のほうが完成度が高い(それでも映画としてはさほどいい出来ではないと私は思いますが)と感じるんじゃないかと勝手に思っています。比較されるだけなのに、何でここまで「バハール」に寄せる必要があったのかなあ。ただまあアクション要素のみならず、本作ならではの要素もない訳ではないので、見て損をすることはないと思います。そもそも、「見て損した」と思えるような映画って、そうそうないですけどね。

この記事が参加している募集

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?