そのまんまねこ

生きてます

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最近の記事

助手席のまどろみに

 ハンバートハンバートの「おなじ話」を聞いている。  いつもより時間を掛けて石けんを泡立てたときに、ほんの少しだけ早く家を出たときに、仰向けになって能動的に目を瞑って心身を休めたあとに、少しだけ余裕のできた時間と空間で、自己の幸運と同時に命のとじ方を考える。それは痛みを伴う大それた破滅願望とはすこし距離がある。  およそ僕が思いつかないような様々な理由で連絡が付かなくなってしまったアルバムの中の同級生とか、テレビで僕と同じくらいの年の人たちが善悪様々に報道されていることとか

    • いきたえる

       取り立てて話題にするほどのことでもないけれど、酒と涙と笑いの夜を越えたのち、毛布に突っ込んで眠りたい衝動の合間に断片的に思い出すような光景がある。都心の大きな交差点で、底から湧き上がるような悲しみを表に出すまいと必死に堪えているひとを見た。見頃といわれる時期をとうに過ぎて、小さな花壇に生き延びる紫陽花を見た。会社の駐車場の隅、風に舞って飛んできたレシートに「休憩」といくつもの「延長」が印字されているのを見た。家庭菜園の域を超えようかという近所の畑の何かの新芽が、少しずつ玉ね

      • ぬるみにほほえむ

         過ごしやすさと引き換えに地表が過熱する今日この頃、平たく言えば夏をあと何回生きて迎えることができるのだろうか、というような議論そのものは既に手垢に塗れているのかもしれない。それでも何度かに一度の夜限定の涼風に吹かれながら「ありがたいね」なんて言葉を交わすとき、僕は生きていて良かったと心から思う。ひとと話すことは緩やかな矯正の一面がある。ひとりであることに加え、ひとりであるしかないという念慮は心根に鬱屈の形で浸みてくる。いうまでもなくそれは冷たい。稀に目の奥に顔を覗かせる・周

        • 朗読脚本;上善は燗の如し

          皆さま楽しんでおりますか。いや、酒を飲んで書いたような文章は、酒を飲みながら・酒を飲んだ者に聞いて貰わなければ不平等であるとの考えから、書いては消した文章の切れ端をサルベージして、なかったことにしたことを!なかったことにするような蛇足、「本当」を書くということはときに鋭利すぎたり、求めるような面白みがうまく表れぬ!ことがございます。むしろそのようなことが限りなく全部に近いのです。どこまでが虚構なのか。これもまた眉唾の伝説ですが、古代中国で「心」という観念が発明されたとき、奴隷

        助手席のまどろみに

          帰り路に包まれる

           仕事を終え、感覚に頼りきらずとも、概ね東西南北が分かる街であるのをいいことに自転車をめちゃくちゃに走らせていると、よく大小さまざまな公園に突き当たる。日が落ちてしばらくしてから見つけた、団地の端にあるこぢんまりとした公園は、人が住むための場所の人が住まぬ区画として不思議に際立っている。少し進んで道沿いにある公園は、タクシードライバーが一服する隠れ家であり、近所の子供たちにとってのいっときの全世界であり、置き忘れられたボールが骨を埋める墓地である。  適当に自転車を停めると

          帰り路に包まれる

          散歩、濃縮還元、散歩

           半駅分のところにあるラーメン屋の庇、に取り付けられた薄橙の灯り、は球切れが近いようで、石灯籠の名残のように、ねぐらに帰る者や夜に繰り出す者を断続して照らしている。またすぐに朝が来て、まぶた越しに空に浮かぶ火球をみてみれば、エネルギーのある帰結としての赤一色がそこにあるだろう。  概念としての時間を持たぬとされるヒト以外の多くの動物は、明るくなって暗くなって、の繰り返しの現象をほんとうに生きているのだろうか。 ・・・  生命を守るための心身の背きを、素人ながら病理的に理解

          散歩、濃縮還元、散歩

          雪柳をみつけて(仮題)

           ラクリ、という小さな花を咲かせる塩生植物がございます。エンセイとは、塩に生えると書きまして、沿岸部など土中の塩の量が比較的多いところでも生き延びることができるように適応した植物一般のことを指します。少し生物学的な話をしますと、細く伸びる根っこに含まれる液胞(えきほう)という器官の中に、ほかの植物よりも多くのナトリウムを蓄えているために、塩分の多い環境でも枯れたり腐ったりしにくいと説明されています。ちなみに、ラクリという名称は、スペイン語で涙を意味する「ラグリマ」から来ている

          雪柳をみつけて(仮題)

          ミー・トボールミ・ーツボーイ(前編)

           最近の昼食は食パン1枚だ。午後にカフェインなしでも眠くならない、丁度いい塩梅のようである。店で最も安い価格帯のものを買っては、いかに善く食べるかを日々考えている。この善いというのは必ずしも満腹感だけを求めたものではなくて、こうしたらそこそこ食えるものが出来上がるんじゃないだろうか、という好奇心(知的とは言うまい)をどれだけ満たすかに評価の軸がある。もちろん食のパン、なのだからそのまま食べてもそれは十分に美味いのだが、せっかく会社の冷蔵庫の一角を割り当てられたので、ここでもイ

          ミー・トボールミ・ーツボーイ(前編)

          常温、自然乾燥、突発

          ひとり分の食事を作ること、僕が喋っていないときに部屋が無音であること、会社の人以外とは一言も交わさずに一日が終わること、掃除を怠っても怒られることがないこと、大きな病気や怪我をしてしまったとき、生き延びられる確率が恐らく低いこと、ゲームや動画のわずかな読み込み時間に我慢ならないこと。まさか、ずっと続いていくわけではないだろう、という無根拠な楽観は、時間とともに削がれていく。 ・・・ という下書きが残っているのを見つけた。半年前くらいに書き出しを作って、続きが思いつかずに諦

          常温、自然乾燥、突発

          朗読脚本『思考機関合法奪取』

          心理テストでもしましょうか。目を瞑ってみてください。 あなたは部屋にいます。部屋には北から順、時計回りに、ベッド、クローゼット、本棚、窓があります。窓の片側を覆うように置かれた逆光の位置にあるテレビには、青みがかったフィルターを通して撮影された、暗く長いアメリカ映画が映っています。音声は英語、字幕は中国語。立ち上がり、東側、クローゼットの脇にある内開きの扉から出て、キッチンを通り、玄関扉のチェーンを外します。共用のオートロックからマンションを出たら、まずは右に曲がります。少し

          朗読脚本『思考機関合法奪取』

          接地、寒の戻り、朝寥々たり

          いま僕の中で最もホットな絶望は、昨冬マンションの管理会社が行った自転車整理で、ずっと乗っていたママチャリが処分されてしまったことだ。研究室に行くときに通った裏道で、車の侵入を防ぐ金属製の杭にぶつからないように丁寧に蛇行した光景だけが、記憶の層の最も手前にある。 新学期はじめに行われる大学生協による販売会で「カゴのある、一番安いものはどれですか。」と人の良さそうな受付の女性に聞いたことを覚えている。今日より幾分かマシな曇天だった。 駐輪スペースに赴いて、所有者がいることを示す

          接地、寒の戻り、朝寥々たり

          失望なき朝、メンソール、喉を吹く風

          インスタントの味噌汁、のための湯を沸かしながら、自炊の境界へ少しでも近づく足掻きとして、パウチに入った味噌や乾燥している豆腐とワカメに加え、白出汁を少しだけ入れる。高まった塩分濃度をちょうど良い塩梅にするために、丁寧につけられた円筒の内側の線、よりも目測1cmほど多めに湯を入れてかき混ぜた。 ・・・ 必ずしも辛さを伴わない疲労が、新年度が始まってたかが3日間で、ごまかせないほどに蓄積している。薬によって弛緩させられた筋肉が訴えている。身体はもうまもなく起き上がっていること

          失望なき朝、メンソール、喉を吹く風

          こごえる、こらえる、こえる

          先刻つけたガス由来の火は一瞬の現象であったが、可燃の刻(きざみ)が己を燃やし尽くしてフィルターに達するか、酸素を失うかするまで消えることなく煙は立ち上るだろう。ほぼ同時に入れた紅茶が、唇を火傷させない程度まで熱を奪われるまでの口寂しさを埋めるには十分だった。 身体が温まったら、換気扇を消して外に出る。まず気温の上昇を告げたのは聴覚だった。普段は意識して目に留めることのない側溝から、冬の残滓を排出するためのじゃばじゃばという響きが聞こえてきた。雪はその全てがいつの間にか蒸発し

          こごえる、こらえる、こえる

          人工的薄明、打鍵音、洟

          堰を切ったように声が、文章が流れ出る。修練によって能力が上がったとか、格好の題材を得たというわけではなくて、そうするのに妥当な時間と空間を作ることに偶然成功しているのだと思う。 生活に少し色が付いた。休日が、人間としての最低限の欲望を満たすための余白ではなくなった感覚。舌が特別肥えたわけではないけれど、味の違いが分かる。草花への造形が深まったわけではないけれど、季節の移ろいを感じる。自分が傷ついたときに、麻痺せずそれを自覚する。 春眠暁を覚えず、とはよく言ったもので、西を向

          人工的薄明、打鍵音、洟

          白の眩しさに目を細む

          実家や、一軒家に暮らす友人の家を訪れた後に自分の部屋に戻ってきてみると、いかにひとつの部屋に機能を詰め込んでいるのかがよく分かる。ここは寝室兼、書斎兼、食堂兼、事務所兼、脱衣所兼、談話室だ。機能の境が曖昧になってくると、僕は扉を1つ隔てたキッチンに、蛍光灯を取り替えるための小さな脚立を持ってきて「こもる」ことがある。レンジフードの橙のライトを付けてほかを消すと、見える範囲が少し縮まって、なんだか居心地が良くなる。ついでに換気扇を弱でつけてみると、ざああという音にエネルギーが変

          白の眩しさに目を細む

          朗読脚本『遺書2(ツー)』

          遺言書、が法的効力を持つのに対し、遺書、あるいは今風にいえばエンディングノートというのは生前の気持ちを記しておく紙に過ぎない、と何かで読んだのを思い出しながら、文房具屋で封筒を選んでおりました。本日はお日柄も良く、僕が茨城県の南部にある実家を出て、大学をなんとか卒業してから、まもなく丸2年が経とうとしています。 僕は茨城県育ちではありますが、本籍は千葉県の銚子市というところにございまして、この近海は、日本で最大の流域面積を誇る利根川が太平洋に流れ込む、いわゆる汽水域にして、有

          朗読脚本『遺書2(ツー)』