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新たに生まれた、ドローン産業。ソートリーダーシップを成功に導く「巻き込み力」とは?~対談・ブルーイノベーション熊田社長×IISE 藤沢理事長

社会課題の解決や理想的な社会のコンセプトを自ら発信し、世の中の賛同を得ながら実現を目指す「ソートリーダーシップ(Thought Leadership)活動」を様々な形で実践する企業の経営層、キーパーソンの方々と、国際社会経済研究所(IISE)理事長の藤沢 久美による対談を通して、「ソートリーダーシップ活動」のヒントを見出し、新たな知見を浮かび上がらせていきます。
 
第2回のお相手は、ドローン産業をほとんどゼロからつくり上げたブルーイノベーション 代表取締役社長の熊田 貴之 氏。ソートを発信し、ステークホルダーを巻き込み、新しい市場を育てていく。ソートリーダーシップ実践に向けた苦労や成功に導くポイントをお聞きしました。


具体的なユースケースが、ソートを磨く


藤沢
 ソートリーダーシップとは、革新的な考え(ソート)を世の中に提示し、「共感」によりステークホルダーを共創へ誘引し、新しい顧客や市場を創造するコンセプトです。市場自体が存在していなかったドローン産業を、あらたにつくり出していくブルーイノベーションさんの取り組みからは、ソートリーダーシップを実践するうえでたくさんの学びがあると感じています。今日は、新しい産業を創出したい企業にとって、ヒントや気づきとなるお話をたくさんお聞きしたいと思います。まずは、ブルーイノベーションさんはどのような会社なのか、ご紹介ください。
 
熊田 ブルーイノベーションは、複数のドローンを遠隔で制御・管理する、独自開発のデバイス統合管理プラットフォーム「Blue Earth Platform(BEP:ベップ)を活用し、社会課題を解決するソリューションを提供しています。
 
例えばプラントや工場、公共インフラなどの点検でドローンが活躍中です。これまで足場を組んで人が点検を行い、1カ月かかっていた作業が、ドローンなら1日で完了できます。また人が這って行っていた下水管の点検には、一酸化炭素中毒などの危険が伴いました。これをドローンが代行することで、危険な作業から人を守れるわけですね。
 
当社は、国内外300カ所以上の点検現場で導入実績があります。私たちはドローンを「ドローン・ロボット」と称し、これを「動くデバイス」と位置付けています。つまり私たちは、ハードウェアメーカーではない。この点も特徴ですね。

ブルーイノベーション 代表取締役社長 兼 最高執行役員 熊田 貴之 氏

藤沢 ドローンと聞くと、空を飛ぶイメージが強いのですが、屋内や下水管なども活躍する領域になるというのは驚きました。「ドローン・ロボット」を使って産業利用していく発想は、私たちの言葉では「ソート(考え方、思想)」に近いのではないかと思っています。そのアイデアは、どこから生まれてきたのでしょうか。
 
熊田 私たちも、元々はドローンのユーザーでした。災害防災コンサルタント事業を行っていた当時、原因究明のためには空撮が重要でした。災害直後の空撮をとる手段はないか、探していたところ、当時東京大学航空宇宙工学科の教授だった鈴木真二氏と出会いました。
 
鈴木先生はドローンの先駆けともいえる、飛行ロボットの研究に取り組んでいました。まだ実験機だったのですが、「災害直後の写真や、海岸線の状況などの映像を撮りたい」と伝えると快諾いただきました。これが始まりです。マーケットインの視点が出発点なので、ドローンの産業利用という発想は必然だったと思います。海岸線の空撮をサイトで掲載すると「こういう空撮を撮りたい」「橋梁点検に使いたい」など、様々な問い合わせが当社に寄せられました。

IISE 理事長 藤沢 久美

藤沢 最初は、自分たちのニーズに応えるソリューションとしてドローンを見つけ出して、「使ったらこんなことができます」という情報を発信すると、ニーズがいっぱい集まってきたということですね。ドローンが新しい社会インフラになると、確信したのはいつですか?

熊田 航空機の安全基準を徹底するための国際機関「国際民間航空機関(ICAO)」が、ドローンなどの無人機を航空機としてみなす枠組みを決めました。今まで飛べなかった空間を、有人機と同じように飛ぶことが可能となったわけです。

ポイントは、有人機が飛ぶ高度はもとより、地上付近の低い高度といった「未利用空間」も市場に解放する、ということです。無限に広がる空間資源は、大きな市場になると思いました。当時「空の産業革命」と呼ぶメディアもありましたね。極めつけは、Amazonが発表したドローンが配送する映像でした。ドローンの産業利用のユースケースを先に映像で作ってしまったわけです。この映像が、大きな需要喚起につながったと推測しています。私たちもこれにならい、ユースケースを多く発信し、ニーズの掘り起こしに積極的に取り組んでいます

産業を生み出すためには、ルール作りが不可欠


藤沢
 ドローンが活躍する未来をみんなが描き始める中で、熊田さんはルールメイクに着手しました。民間でルールメイクに取り組む背景には、何があったのでしょうか。
 
熊田 車が普及する時に、イギリスが赤旗法という法律をつくりました。歩行者保護を目的に、都市・郊外における速度規制に加えて、「車の前方を、赤旗を持った人が先導して危険物の接近を知らせなければならない」という、極めて制約の強いものでした。
 
※「赤旗法」の概要についてはこちらも

この赤旗法が影響し、イギリスの自動車産業は大きく出遅れました。「日本でドローンに対する赤旗法ができてしまったら、国内のドローン業界は終わる」。そう鈴木先生はよく話していましたね。
 
各国でドローンを産業利用するための法改正が、日本より先にどんどん進むことへの危機感もありました。日本では航空法改正に「早くても10年はかかる」といわれていたのです。それでは遅いと、鈴木先生たちと一緒に民間でドローンに関するガイドラインの作成や、産業振興を目的とする一般社団法人日本UAS産業振興協議会(JUIDA)を設立しました(UASは無人航空機システムの略)。

JUIDAの設立に際して東京大学でシンポジウムを実施した時には、NHKが取材に来てくれました。その時の番組をきっかけに、JUIDAの会員が一気に増えました。
 
藤沢 ソートの発信においては、やはりメディアの力も大きいということですね。それから日本もドローンを活用できるようルールメイクをしなければ、世界から遅れてしまうと。会員になられた方々の思いがそこで一致していたということだと思います。実際は当時、どのような人が会員になられたのですか?
 
熊田 メーカー、ドローンのパイロット、スタートアップの方など、様々な立場の人が参加していました。一番恐れていたのは、ドローンが落下して人に危害を及ぼすことです。みんなで「ドローンを安全に利用しよう」ということでガイドラインを作っていきました。
 
藤沢 ガイドラインを作成したら、次は国の審議会などに上げていくステップに入ったということですか?
 
熊田 法律化のためにガイドラインを作ったというわけではありません。ドローンを安全に利用するルールをつくり、業界を守るためです。一方で潮目が変わったのは、首相官邸にドローンが落下した事件からです。当時、JUIDAガイドライン検討委員会にオブザーバーとして参加していた国土交通省の担当者から、「これからは政府主導で作ることになりました」とのお話が来たんです。先行して作っていたガイドラインは、2015年8月に発表。半年後にはドローンの産業利用に関する法律(改正航空法)ができました。法律の改正には、JUIDAのガイドラインは大きく貢献しました。
 
藤沢 いつ何が起きて潮目が変わるかわからない、予測ができないからこそ、その時までに準備を進めていることが大事なのでしょうね。そうやって法律ができて、晴れて産業になったと。でも、その法律は利用よりも規制に重きを置いた法律だったのではないですか?
 
熊田 そうですね。安全に配慮し、利用してはいけないという規制の観点で作られた法律でした。それでも、最低限守るべきことだけに規制内容は押さえられていたと思います。

ブルーイノベーション社内にある、ドローンの実機

藤沢 国内外でドローン産業利用の機運が高まる中で、そこから法律の中身も変わっていきましたね。
 
熊田 その後、法改正は政府主導で進められていきました。考え方は、車の自動運転の安全基準レベルと同じです。レベル1は、目視内での手動飛行(空撮、橋梁点検)。レベル2は、目視内自動/自動飛行(農業散布、土木測量)。レベル3は、離島や過疎地など無人地帯における目視外飛行。レベル4で、都心部など有人地帯における目視外飛行。それぞれのフェーズでルールメイクが行われました。リーダーシップをとったのは、官公庁とともに国会議員です。
 
藤沢 国会議員も「日本のドローン産業を一緒につくろう」という、いわば「同志」になったということですか?
 
熊田 国会議員も私たちも「世界で戦える産業に育てる」という共通の目標に向かって進んでいる。そうですね。同志だと思います。彼ら国会議員の方々も「ビジネスになるかどうか」はとても重要視されています。そのことに気づかされたのも大きな出来事でした。

ソートリーダーシップには、マーケットインの視点が大切


藤沢
 IISEでは、企業に対して「ソートを発信しましょう」というメッセージを出しています。難しいのは、どのようにしてソートを具現化していくか。ドローンに置き換えると、「空のモビリティを使うと、こんな豊かな社会になります」という考えを発信し、それに「共感」してJUIDAに人が集まってきました。「一緒に実現しよう」となるために、何が必要なのでしょうか。

熊田 私たちは、ソートリーダーシップを意識してきたわけではありません。しかし、藤沢さんがおっしゃるように、そのプロセスはソートリーダーシップと重なる部分が多いと思います。そう考えると、ソートリーダーシップはマーケットインの視点が大切ですね。私たちも、プロダクトアウトの発想になっていた時期がありましたが、その時に気づいたのは、他業界の既存の発想にヒントがあるということでした。

昔、パソコンが普及し始めた時に、パソコンスクールが流行しましたね。これを真似したんです。新しい産業は、人を育てないと広がらない。パソコンスクールや自動車教習所のビジネスモデルをベースに、JUIDA認定のドローンスクールを展開しました。
 
このスクールでJUIDAが定めた科目を習得すると、JUIDAドローン資格として「無人航空機操縦技能証明書」が交付されます。ドローン資格の仕組みは船舶ライセンスに似ています。さらに、ドローンの産業利用では高額な投資が課題となります。解決策として、建設機械レンタルを参考にサブスクサービスを考案しました。ビジネスモデル自体は古くても、新しい切り口で見るとそこにヒントが潜んでいると思います。
 
藤沢 ドローン資格がないと、ドローンを飛ばすことはできないんですよね。
 
熊田 はい、ドローンの飛行は航空法などで規制されていて、飛ばすためには様々な申請が必要です。その際にドローン資格の有無もポイントとなります。2022年に国家資格である「無人航空機の操縦者技能証明書制度(操縦者ライセンス制度)」が開始されました。この国家ライセンスは、レベル4と呼ばれる特定飛行での利用を可能にします。レベル4飛行の予定がなく、国土交通省への申請で特に問題がない場合は、従来通り民間ライセンスで十分飛行可能です。
 
藤沢 レベル4の飛行が可能になったことで、今後経済・社会に大きな変革をもたらすことが期待されます。これからドローン産業が発展していくためには、業界としてのまとまりも必要ですね。
 
熊田 業界として1つになったなと感じたのは、石川県能登半島地震の支援にJUIDAを中心に業界が一丸となって取り組んだ時です。藤沢さんにおっしゃっていただいた、新しい社会インフラとしての役割を、ドローン産業は担っていかないといけないと思います。

ソートの実現に必要な「大きなビジョン」と「調整力」


藤沢
 今後の展望はいかがでしょうか。2023年12月に、ブルーイノベーションは東京証券所グロース市場に上場されましたけれども。
 
熊田 ドローン産業を大きく育てていくためには、多方面との関係構築が大切です。上場したことで、企業や政府との調整がしやすくなりました。ムーブメントを起こす「巻き込み力」は、強くなったなと感じています。
 
藤沢 ビジョンや情報の発信力は大切ですが、前へ進めていくためには地道に人間関係を築いていくことも、とても重要ですね。すべてのビジネスがそうだと思います。でも、これがなかなか難しいなあと。上手くいっているのは、熊田さんのキャラクターもあるのではないでしょうか。

熊田 以前に防災コンサルタント事業に携わっていたので、委員会の事務局を運営するノウハウはあると思います。その経験が生きているのかもしれません。いずれにしても、大きなビジョンと調整力の両方が重要ということです。ビジョンなくして、人は集まりません。そこから、人間関係の力で推し進めていく。
 
藤沢 ソートの実現を牽引する「ソートリーダー」がいかに立ち回るべきか、大事なポイントが今のお話にあるように思います。いろんな会合やイベントにちゃんと足を運んだりとか、普段あまりクローズアップされないけれども、蔑ろにせず向き合わないといけないということですね。
 
今後、ブルーイノベーションの事業として、どんなことに取り組みたいですか。
 
熊田 ドローンが自動離発着する「ドローンポート」に関して、2023年6月に国際標準化機構(ISO)より「物流用ドローンポートの設備要件に関する国際標準規格ISO5491」として採択されました。国土交通省、経済産業省や国内外のエキスパートとともに進めてきた、国際標準化の取り組みが結実したといえます。
 
これを足掛かりに今後、ドローン・ロボットの物流用途ソリューションの提供に力を入れていくつもりです。さらにニーズの掘り起こしを続けるとともに、ドローン・ロボットのプラットフォーマーとして都市OSと繋がることで、スマートで新しいまちづくりに貢献していきたいと思います。
 
藤沢 熊田さんのお話は非常に具体的かつわかりやすく、そしてソートリーダーシップを実践するためのヒントがたくさんありました。私自身とても興味深く、学ぶことが多かったです。本日はどうも、ありがとうございました。

<対談を終えて>


ソートを「絵に描いた餅」にしないために、ソートリーダーシップをどのように実践していくべきか。ブルーイノベーション熊田社長のお話は、新しい産業づくりの道筋を浮上させる、大変示唆に富むものでした。ビジョンをつくり、ガイドライン作成と産業振興のために社団法人設立に尽力し、官公庁や国会議員との親交を深めるなど、周りを巻き込んで大きな流れを作っていく。ポイントは、ビジョンの発信力とともに、既存のビジネスモデルの焼き直しや、調整機能といった地道な活動が支えているという点です。地に足のついたソートリーダーシップの重要性に気づかされた対談でした。

聞き手:IISE 理事長 藤沢 久美

藤沢 久美

大学卒業後、国内外の投資運用会社勤務を経て1995年、日本初の投資信託評価会社を起業。1999年、同社を世界的格付け会社スタンダード&プアーズに売却。2000年、シンクタンク・ソフィアバンクの設立に参画。2013年~2022年3月まで同代表。2022年4月より現職。https://kumifujisawa.jp/

企画・制作・編集:IISEソートリーダーシップHub(藤沢久美、鈴木章太郎、塩谷公規、石垣亜純)

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