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「宇宙開発に対して、市民が意見を持たなければいけない」意見の持ち方と、その議論のプロセスとは

各国政府や民間企業が強く推進した結果、宇宙開発事業——いわゆる「宇宙ビジネス」が盛り上がりを見せています。

斬新なビジネスを展開するベンチャー企業の登場や世界のビリオネアがプレイヤーとして参入、大きなムーブメントが生まれつつある……ものの、その「新たな動き」を感じている人はごく一部。「いち市民」の目線に立つと、宇宙開発の話題やそれによってもたらされる変化を身近なものとして感じられないケースがほとんどでは無いでしょうか。

そんな、宇宙開発とは縁遠い人々と専門家との間にあるギャップを指摘し、「多くの人を巻き込んで、宇宙開発について議論をすること」の必要性を指摘したのが、書籍『宇宙開発をみんなで議論しよう』(名古屋大学出版会)です。

宇宙開発というテーマに対して、どうして多くの人を巻き込んだ議論が必要なのか。また、科学的な知見が必要なテーマに対して、どうすれば皆で議論を行うことができるのか。そういった「専門家とそうでない人」の間で議論を行う手引きを紹介する同書を編者として手掛けた呉羽真さん(伊勢田哲治さんと共編)に、対話の手続きを伺いました。


呉羽 真(くれは・まこと)
山口大学 国際総合科学部 講師
京都大学大学院文学研究科 博士後期課程修了。博士(文学)。山口大学 国際総合科学部 講師。大阪大学 大学院基礎工学研究科特任教授等を経て現職。専門は、哲学、倫理学。

「宇宙開発は、生活と縁遠い」わけではない


——呉羽先生は、もともと哲学がご専門だと伺いました。どういった経緯で、宇宙開発に関する研究に取り組まれるようになったのでしょうか?

大きなきっかけになったのは、私が前々職で勤務していた京都大学で、「宇宙倫理学」を始めとする宇宙開発に関する研究に従事したことでした。

例えば、倫理学には「環境倫理学」という分野があります。これは「なぜ環境を守らなければいけないのか」や「どう守るべきか」を考える学問ですが、これまではもっぱら、地球環境のことだけを考えてきました。

現在は、宇宙もまた私たちの「環境」と言えるものになってきています。確かに宇宙には生態系はほとんどありませんし、その取扱によって多数の生命に直接影響が出ることはめったにありません。しかし、だからといって、政府や企業が好き勝手に開発を進めてしまってよいかと言われると、そんなことはないですよね。そういった人間が宇宙と関わる中で規範となる行動や考え方が、「宇宙倫理学」という名前で研究されています。

哲学の研究者としては、宇宙について考えることで「人間にとって、地球とはどんな存在なのか」という問題意識が際立ってくることが、とても興味深いと思っています。

地球への影響力の大小や確認できている生命の有無など、地球環境と宇宙とでは、対象となるものだけでなくその前提も大きく異なっていますよね。宇宙をテーマに考えると、これまでの倫理学の考え方が必ずしも通用しない場面に遭遇します。そこで思考を巡らせることで、私たちの思考にあった「前提」を考え直すことに繋がるんです。

——書籍『宇宙開発をみんなで議論しよう』では、宇宙開発に対して一般市民が意見を持つことの大切さが語られています。そもそも、なぜ多くの人は宇宙開発に関して「自分の意見」を持つのが難しいのでしょうか?

理由は、大きく2つあると思っています。まずは、「宇宙は私たちの生活とは縁遠い」というイメージを抱かれていること。

この点で、宇宙はAIや原子力と対象的です。近年はChatGPTの流行もあって、生成AIに対して多くの人が関心を持つようになりました。
これは、AIの進歩が「AIが私たちの生活を便利にするのでは」といった希望や、「AIが自分の仕事を奪うのでは」という危機感に紐づいた結果だと思っています。同じように、原子力に関するニュースも、各々の生活と結びつきやすいため話題になりますよね。

しかし宇宙の出来事となると、どうしても多くの人は「自分には関係ない出来事」と思いがちです。
実際に宇宙開発で大きな出来事があっても、人々の生活に対してすぐさま影響が出ることはほとんどありません。宇宙開発はAIと違って自分の仕事を奪わないし、原子力と違って自分の健康や生命を脅かすリスクも無い。その結果、自分には縁が無いものだと思われてしまう……。これが、ひとつ目の理由です。

もうひとつの理由が、宇宙は「夢」や「ロマン」といった文脈で語られがちである、ということです。

日本政府によって定められた「宇宙基本計画」でも、宇宙開発が国民に「夢と希望」を与えるものであることを踏まえた広報戦略をとる、という方針が述べられています(※)。

実際に宇宙開発に関連するニュースも「夢」や「ロマン」で語られることがよくあり、近年では2010年に約7年の探査を終えて地球に帰還した「はやぶさ」の旅も大きな話題になりましたよね。過去には、アメリカ政府によるアポロ計画も「フロンティアへの挑戦」や「人類の夢」といった文脈で語られていました。

※内閣府「宇宙基本計画」、「4. 宇宙政策に関する具体的アプローチ」内「(4)宇宙活動を支える総合的基盤の強化に向けた具体的アプローチ」より

しかし私は、その方針がかえって「宇宙開発はロマンがあるから、目的やその価値について議論するものではない」という印象を助長しているのでは、と思っています。

宇宙開発による影響は、すでに私たちの生活の中に当たり前に存在しています。観測衛星の情報を用いて気象予報をやっているし、スマホの地図アプリで道案内ができるのは測位衛星があるから。それに、国による宇宙開発事業は私たちが払った税金が使われていますから、「生活と関係ない」という訳は無いはずです。
それを「ロマンがあるから」や「生活と関係ないから」といって、自分たちから距離のあるものとして捉えてしまうのは残念だと思っています。

宇宙開発が「一部の人の意見で進んでしまう」リスク


——いろいろな要素が重なって、宇宙開発は「意見を持ちにくいテーマ」になってしまっているんですね。

しかし、かといって「宇宙開発について、なにも知らない」では済まされない状況がすでに生まれつつあります。

今や宇宙は「夢とロマン」の世界ではなく、安全保障やビジネスの点で競争が行われるひとつのフィールドになりました。国同士や企業による人々の抱くイメージ問題も増えて、理想と現実のギャップが広がってきています。

加えて、宇宙開発に関心を払わないことの弊害として、「いつの間にか、一部の人によって開発方針が決まっている」という怖さもあるでしょう。

例えばイーロン・マスク氏は、スペースX社の代表として、民間人でありながら宇宙開発に大きな影響力を持っている人物のひとりです。挑戦的な姿勢で宇宙開発をリードしていますが、彼の影響力が強くなりすぎている状況には、リスクもあると思っています。

例えば、スペースX社がスターリンク計画で打ち上げた衛星が光害(※)を起こすことを懸念し、天文学研究者が同社に声明文を出した事がありました。それを受け、スペースXは衛星を黒く塗るなどして反射光を減らす対策を取りましたが、彼が天文学者の訴えを無視したら、どうなっていたかわかりません。

※一般的には、「過剰な照明が環境にあたえる悪影響」のこと。宇宙開発に関する議論では、「人工衛星が反射した太陽光が天体観測に与える悪影響のこと」を指す

そして、これはマスク氏に限らず、宇宙開発を積極的に推進している国の政府にも当てはまると思います。
一般市民が、国や企業による宇宙開発事業に影響を及ぼす手段はとても限られています。一部の人だけで議論が進むと、ある程度事業が進んでから「こんなはずじゃなかった」となりかねません

極端な意見に触れることで、自分の考えを持ちやすくなる


——呉羽さんが他の研究者の方々と共同で主催されている、「対論型サイエンスカフェ」について教えてください。

お伝えしたように、宇宙開発は一般市民の間でも議論が必要なテーマであることは間違いありません。しかし、宇宙に関する話は専門性が高く、多くの人にとっては縁遠いと感じられるものです。

そのため、「宇宙開発について考え、議論する場」が必要だと思いました。そこで、大学教員を中心とした共同研究者たちと一緒に立ち上げたのが、「宇宙開発に関する議論を活発化させる方法を考える」プロジェクトです。

そのプロジェクトの中で、よりよい議論を行う方法を考えた結果、生まれたのが「対論型サイエンスカフェ」でした。

「サイエンスカフェ」というのは、市民と専門家による科学コミュニケーションの場を設けるため、一般的に行われているいち手法のことです。一般的には、コーヒーを飲みながら、専門家と一般市民が科学について気軽に語るイベントとして開催されることが多いですね。

私たちの「対論型サイエンスカフェ」は、そのアイデアを使用しつつ、参加者に議論に参加してもらい、最終的に一人ひとりがオリジナルの意見を持てるようにプログラムをアレンジしたものです。

書籍『宇宙開発をみんなで議論しよう』は、上記のプロジェクトの成果をまとめ、市民が宇宙開発に関する議論に参加していくための「手引」として出版したもので、これまで実施した対論型サイエンスカフェの記録も収録しています。

——具体的に、プログラムにどのような仕掛けをしたのでしょうか?

大きなことは、「対論型」という形式を取ったことです

対論型サイエンスカフェは、「有人宇宙探査を公的に推進するにあたって『ロマン』は理由になるか」や「宇宙の資源開発は積極的にやるべきか、慎重にやるべきか」といった問いに対して、それぞれの参加者が自らの意見を発信し、議論をしていくなかで行います。

しかし、参加者に前提知識が無い場合もあり、テーマによってはすぐに自分の意見を持つことが難しい場合もあります。そのため、議論の前にテーマに関する知識を共有し、参加者同士で目線を合わせる時間を設けました。

そこで登場するのが、プログラム全体の進行をする「ファシリテーター」と、議論のテーマに対して賛成と反対、それぞれの意見とその理由を提示する2名の「対論者」です

例えば「ロマンは探査推進の理由になるか」といったテーマの場合は、ひとりの対論者が「ロマンは探査推進の十分な理由になる」意見とその理由を説明し、それに対してもうひとりの対論者が「理由にならない」意見と理由を話す、といった具合に、対論者からそれぞれの意見を支持する論拠を提示するんです。

書店で開催された対論型サイエンスカフェの様子(提供:寺薗淳也氏)。
この日の議論テーマは「宇宙からのメッセージ、返信してよい?」

こうしてテーマに対して極端な対立を作ることで、参加者は自分の意見を持ちやすくなります。
「自分はどちらかというと賛成寄りだけど、賛成側の対論者が話すことにすべて同意できるわけではない」、「自分は反対寄りだが、賛成側の対論者の話にも一部は共感できる部分がある」といったイメージですね。

——両極端な意見に触れることで、参加者は自分の意見を相対的に考えられるようになる、ということですね。

他には、議論はとにかくフラットに、皆に発言してもらうようにすることを特に意識しました。

プログラム内で参加者同士による議論の時間を設けてはいるものの、「フラットな立場で議論してもらう」ということには難しさもあります。

例えば、サイエンスカフェに、宇宙開発ビジネスの専門家や大学教授が飛び入りで足を運んでくることがあります。他の参加者がその方を「先生」と呼んでしまうと、参加者同士のはずなのに「教える側と、教わる側」という構造ができてしまうんです。フラットな議論のためには立場の上下を取り払わなければいけないので、「立場や年齢、お仕事に関わらず、『さん』で呼び合う」というルールを定めることもあります。

他にも、私がいち参加者としてサイエンスカフェに参加して、なかなか意見が出てこないときはあえて素朴な質問をしたり、極端な意見を言ったりすることもあります。これは「ちょっとした意見でも発言して大丈夫」な空気を作るためですね。

宇宙開発の課題は、専門家の意見だけで解決してはいけない


——対論型サイエンスカフェ実施にあたり、目標やゴールはどのように設定しているのでしょうか?

私たちのプロジェクトでは、テーマに参加者同士で議論を深める中で「自分の意見を持ってもらうこと」が一番の目的であり、ゴールとしています

一般に「科学技術への市民参加」といった場合、そのゴールは「市民の間で合意を形成し、それが政策に反映されること」です。しかしそのプロセスはゴールにいたる道のりがとても長く、どうしてもハードルが高い。ですので、その出発点として、「自分の意見を持つ」ことを目標にしました。

従来のサイエンスカフェでは、参加者がただ専門家の話を聞くだけの場になってしまいがちです。また、コミュニケーションの場に専門家がひとりしかいないと、「その専門家の意見が、議論の中で絶対視されてしまう」という怖さがあります

そもそも、社会的な課題というのは特定の分野の知識をもつ専門家だけで解決できるものではありません

例えば2020年に新型コロナウイルスが大流行した際、感染症の専門家は「外出を避け、接触を防止することで感染を防止できる」という点ではおおむね合意していました。しかし、「感染症のリスクをある程度受け入れてでも、経済活動を維持すべきか」という議論になると、感染症の知識だけでは答えを出せなくなってしまいます。

こういった「科学によって問うことができるが、科学によって答えることができない問題群から成る領域」のことを「トランスサイエンス」といいます。

同じように宇宙開発の問題も、一部の専門家による知識だけで解決するものではありません。議論を通して専門家の意見を絶対視するのではなく、誰もが、自分で考えて意見を持つことが望ましいと思っています。

——テーマについて知ることや、対論者2人の話を聞いて自分の考えを持つことはもちろん、その他の参加者との対話を通して意見を深めていくことが必要なのですね。

対論型サイエンスカフェでは、プログラムの途中に何度か、テーマに対して「賛成」から「反対」の間にあるグラデーションの中で、自分の意見がどの位置にあるかを参加者に聞くことにしています。「少し反対側に寄った賛成」や「ほぼ反対」などですね。

これは参加者に自分と他の人の立場を比べてもらうと同時に、私たちの方でも参加者の意見の変化を確認させてもらうためのものですが、実際には議論の前後で当人の立ち位置は大きく変わらないことも多いです

とはいえこれも、「議論前後で何も変わっていない」わけではなく、「議論を通して考えた結果」です。他の参加者と話すなかで、「そういう立場もあるんだな」と考えて、いろいろな人の意見に触れることで、自分の意見を深めた結果なのだと思います。

——議論前と後とでは、同じ意見でも深さが違う、ということですね。

「自分と意見が違う人」の言葉に耳を傾けることはとても大切です。

そういった多くの人とのコミュニケーションのなかで自分の意見を持ち、宇宙開発についての議論がもっと広がっていくのは、とても意義のあることだと思っています。

企画・制作:IISEソートリーダシップ「宇宙」担当チーム
文:伊藤 駿 編集:ノオト

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