「縦と横」の組織体制で小さなソートを重ね、大きなソートの実現につなげる ~対談・NTTデータ鈴木取締役副社長執行役員 金融分野担当×IISE 藤沢理事長
自社の考え(ソート)を社会に広く発信し、共感する仲間を集めて実現を目指す「ソートリーダーシップ(Thought Leadership)活動」。これを体現している企業の経営層やキーパーソンの方々との対談を通じて、「ソートリーダーシップ活動」のヒントを探っています。
第4回のお相手は、NTTデータの金融部門を率いる取締役副社長執行役員 金融分野担当の鈴木正範氏。ソートリーダーシップを経営手法の中心に取り込み、組織の仕組みとして着実に進めていくためのポイントについてお聞きしました。
縦割り組織の壁を取り払い、5つの戦略で横に連携
藤沢 NTTデータさんは、常に社会の未来像を創造されているイメージがあります。鈴木さんは、金融分野でのお仕事の中で、どのように未来像づくりをされてきたのでしょうか。
鈴木 NTTデータが日本電信電話(NTT)から独立した1988年に入社して以来、長く金融業界を担当しています。2019年から2年ほど、事業戦略室長として中期経営計画の策定に加わり「ソーシャルデザイン推進室」という新しい組織を立ち上げました。コロナ禍をきっかけに大きな社会課題がいくつも噴出し、日本がデジタル後進国であることも話題になりました。
NTTデータの事業には「公共」「金融」「法人」という3本柱がありますが、組織が明確に分かれています。しかし、そうした縦割りの組織では、今日の社会課題を解決することはできません。垣根を取り払う横の組織として、ソーシャルデザイン推進室を作ったわけです。その考え方は、今でも私の中に色濃く残っています。
藤沢 社会課題の解決のために、横軸の組織体制を作ることは、理想的な組織体制である一方で、実際、社会課題の解決とビジネスのバランスは難しいですよね。
鈴木 同感です。企業がやる以上、社会課題の解決をビジネスに取り入れていく必要があります。「Realizing a Sustainable Future」という当社の大きな戦略も、その発想からできています。
当社には強い縦軸がありますから、これを横につなげていくことがテーマになります。すなわち、「公共」「金融」「法人」の垣根を越えた横の連携です。その視点で組織をグローバルに統合し、縦と横のケイパビリティを確保しました。
このコンセプトを、お客様を含むあらゆるステークホルダーに理解してもらうために必要なのが「訴える力」、すなわち「Foresight」です。
藤沢 Foresightはソートリーダーシップでいうと、「ソート」と言い換えることもできますね。
鈴木 そうです。そして、「Realizing a Sustainable Future」というNTTデータの大きな戦略を、ステークホルダーと具体的に実現していくための戦略が、上図における戦略2「Foresight起点のコンサルティング力の強化」であり、「ビジネス」と「テクノロジー」の2つのアプローチで進めていきます。
藤沢 金融分野では、戦略2をどのように進められていますか。
鈴木 今、金融業界では様々な連携が起き、金融と非金融の垣根も急速に消えつつあります。それを意識した新戦略が「BCE(Beyond、Connect、Expand)」です。
「Beyond」は「金融機関のその先にいるエンドユーザーの視点で新しい金融サービスを創ること」。「Connect」は「複数の金融機関、イネーブラーや異業種と金融機関をつなぎ、外部の力をオープンに活用すること」。「Expand」は「行政や異業種に金融機能を組み込み、拡大することで生活者起点の新しいサービスを作ること」です。金融機関の強いビジネスモデルを、社会のために活用していく上で重要となる3つのテーマです。
これを実現するために、「①鳥瞰」「②テーマ/業態別」「③顧客別」という3つの切り口で、様々なForesightを考えました。これをまとめたのが「Foresightマップ」です。セグメントごとに様々な形でForesightを訴えていきます。
藤沢 素晴らしいと思います。IISEのような中立的なシンクタンクがソートリーダーシップでソートを作る際には、このForesightマップでいうと「鳥瞰」のレベルでは大きく貢献できますが、その俯瞰レベルに繋がる道筋を具体的に描くところは、事業部門の協力が必要になります。
NTTデータは事業会社としてForesightを打ち出し、ソートリーダーシップを推進しようとされていますね。
現場の方々は、「③顧客別」のレベルについてはとてもお詳しいと思いますが、「鳥瞰」して見たり語ったりするのは、日常の業務とかけ離れていて難しくはないでしょうか。
鈴木 鋭いご指摘です。ビジネスの現場に近いメンバーは、どうしてもマップでいう「②テーマ/業態別」や「③顧客別」のForesightを提示したくなります。しかし、それだけでは次第に互いの整合性が取れなくなっていきます。Foresightを様々な接点でお客様に訴えかけているうちに「結局、NTTデータは何を目指しているの?」と問われてしまうわけです。
そこで、数あるForesightを「鳥瞰」的に結合する、より大きなForesightが必要になってきます。
ソートリーダーシップを組織として進めていくために作ったのが「分野戦略×Thought Leaderマトリックス」です。戦略ごとに誰が何を語っていくべきかを整理しています。
Foresight/ソートは、必ずしも「正解」でなくてよい
藤沢 スタートアップやベンチャー企業であれば、創業者が自らソートを語り、「共感」する仲間を集めて事業を実現していきます。最初から「共感」する人たちだけを社内に集めて事業を進めるのですから、ソートに対して異論を唱える人はいないでしょう。
NTTデータが今年2月に開催した金融エグゼクティブセミナーで「お金の未来」、すなわち「お金にWill(意志)をプログラムし、価値交換を変革」するというForesightを公表しました。このコンセプトがNTTデータのような大企業から生まれてきたというのは、かなり先進的だと思います。大きな組織の中で、よく社内で合意が取れましたね。
鈴木 合意は正直、取ってはいないと思います(笑)。そこが、当社の自由な風土かもしれません。このForesight、当時は実は前社長の本間や社長の佐々木には事前に見せていません。数名のチームで集中的に作っていたんです。
藤沢 なるほど。つまり、ソートは大きな組織が合意形成して作るようなものではないということですね。
鈴木 組織の合意を取って動かすようなものではないと思っています。Foresight、言い換えればソートは、必ずしも「正解」でなくてよい。当社なりに描いた「未来のあるべき姿」を社会に伝え、一緒に考えてもらうきっかけにするものだからです。
藤沢 外部のステークホルダーとのそうした「壁打ち」の中で、新たな考えが形成されていくものということですね。
小さなForesightの実現を積み重ね、大きなForesightにつなげる
藤沢 Foresightの中には、すぐにビジネスにはならないものもあるでしょう。その点はどうお考えですか。
例えば「お金の未来」というForesightを実現するには、新しい金融のルールを作っていく必要があります。現在の技術で実現できるとも限りません。「いつかはできる」というコミットメントは、どのように表現していますか。
鈴木 完璧な仕組みはないので、繰り返し訴えていくしかありません。その意味で、「お金の未来」の実現にはまだ時間がかかります。「お金の未来」という大きなForesightを実現する前に、テーマ別や顧客別の小さなForesightを一つひとつ実装して実績を作っていく。その積み重ねが大きなForesightの実現につながります。同時に、NTTデータは有言実行の会社であるという信頼を得ていきます。それがビジネスになれば、一番良いことです。
藤沢 小さなForesightを確実に実装していく一方で、大きなForesightをソートリーダーが社会に発信していくのですね。
鈴木 はい。それが理想です。お客様に提言している今の小さなForesightと、未来の大きなForesightの関連性を、Foresightマップで確認していくことが重要になるわけです。
私たちが提言している「お金の未来」とは、従来型の「現実空間」の金融の仕組みと、ブロックチェーンなどを中心に取り組んでいる「仮想空間」の決済システムを融合させた未来の姿です。
この中で1つ例を挙げると、「TradeWaltz」という新しい貿易情報連携プラットフォームを業界横断で出資して立ち上げています。13社でコンソーシアムを発足させ、そこから生みの苦しみもありましたが、事業として動き出すところまで持っていっています。「統合バンキングクラウド」も、40以上の金融機関と連携して進めています。
藤沢 単にForesightを語って終わり、コンソーシアムを作って終わり、というのでなく、お客様がプレイヤーとなって、一緒に、実現への道を作っていますね。Foresightは「正解」でなくてもよいとおっしゃっていましたが、出した以上は責任を持って実現していこうとする姿勢がよくわかります。「NTTデータがいれば、ちゃんと実現まで行ける」と思ってもらえることは、共創を生んでいく上でとても大事ですね。
マトリックス型の組織体制で、事業とForesightを同時に推進
藤沢 NTTデータは社内外含めて様々な人にソート的なものを発信する場を提供されていて、そこが面白いと思います。
▼NTTデータグループ全体のオウンドメディア「DATA INSIGHT」。「コンテンツマーケティング・グランプリ2023」の優秀賞を受賞している
▼金融分野に特化したオウンドメディア「Octo Knot」も
藤沢 Foresightを外部に発信する「ソートリーダー」は、どのように決めているんでしょうか。
鈴木 本来は計画的にソートリーダーを育成していきたいのですが、残念ながらその仕組みはまだ確立されていません。ビジネスを経験する中でForesightを見出し、ソートリーダーシップ的な考えと行動ができる人材になってきた人の中から、順にアサインしています。
前述の戦略2「Foresight起点のコンサルティング力の強化」を実現するには、よりインテンショナルにソートリーダーを育成していく必要があります。しかし企業である以上、毎年の業績目標も達成しないといけません。事業とソートリーダーシップを同時に推進するため、金融分野にマトリックス型の組織体制を導入しました。
第一、第二、第三金融事業本部を縦のラインとし、ここでは業績を第一に考えてもらいます。もちろん、彼らもテーマ別や顧客別のForesightは作っていきます。しかし縦のラインでは、目の前のビジネスをしっかりと進めることが、あくまで第一義です。
藤沢 1つの組織に業績の向上とソートリーダーシップの両方を任せると、どうしてもソートリーダーシップの優先度が下がってしまいますね。
鈴木 そこで、金融イノベーション本部という横の組織を作りました。眼前の業績より、未来を考えるための部署です。ただし、お客様と付き合っていないと現実味のあるForesightを作れなくなるため、金融イノベーション本部にも先進的なお客様を担当してもらっています。
収益を取るかForesightを取るかとなった時、縦の組織は迷わず収益、横の組織はForesightを取ります。目標を明確にし、社員が悩まないようにしています。
藤沢 やはり、ここでも縦軸と横軸の両立がカギですね。それから「Foresight Day」の主催など、セミナーやイベントでも積極的に情報を発信されています。
鈴木 「Foresight Day」はミドル層からヤング層をターゲットに、大きな場でオープンな情報発信を行っています。Foresightを広く知っていただくための活動ですね。「金融国際情報技術展(FIT)」にも毎年参加し、様々なテーマで講演しています。
一方、経営トップ層の方々を中心にしたより小規模かつ、クローズドな情報発信として「金融エグゼクティブセミナー」を実施しています。
藤沢 ソートリーダーシップを有効に作用させるために、いくつかのセグメントに分けて発信をされているわけですね。重要な視点だと思います。今後の展望はいかがですか。
鈴木 当社のForesightは「LV.1 作成」「LV.2 発信」「LV.3 体感」「LV.4 共創」の4つのレベルでアプローチしていきます。この中の「LV.3 体感」を実現する場として、2022年12月に「ヘルスケア共創ラボ」を作りました。「未来を体感し、新しいビジネスをその場で創造するイノベーション起点」というコンセプトです。
藤沢 Foresight、つまりはソートを軸に、既に新たな事業が生まれているんですね。とても学びになる取り組みだと思います。最後に、鈴木さんにとってソートリーダーとは何でしょうか。
鈴木 ビジネスの未来をつくる、先導者のようなものですね。ソートリーダーとは、未来を語り、そして未来を「つくる」人だと思います。
藤沢 企業が主導するソートリーダーシップは、未来を語るだけではなく「つくる」ことが重要だと理解しました。小さなソートの実装を積み重ねながら、ステークホルダーの信頼を得ていくNTTデータの姿勢は、素晴らしいと思います。
<対談を終えて>
ソートは組織の合意を取って動かすようなものではない。この考え方は自社の取り組みを「ソートリーダーシップ」に位置付け、社外に発信しているNTTデータを適切に表現していると思いました。しかし、このように言い切れるのは、ソートリーダーが事業についての知識や知見があるからです。視野が広く、事業知見も持つソートリーダーが未来を語り、それを大きな組織としての仕組みと構造で支え、伸ばしていく。
大胆なForesightを提示し、事業へと繋げることができているカギは、鈴木副社長が社員を本当に信頼していることにあるように思います。対談の中でも、資料においても、部下の紹介を積極的にされていました。ソートを描ける社員を見出し、社員を信じるという鈴木副社長のマネジメント力が、NTTデータのソートリーダーシップの原動力の一つであることは間違いありません。
聞き手:IISE 理事長 藤沢 久美
企画・制作・編集:IISEソートリーダーシップHub(藤沢久美、鈴木章太郎、塩谷公規、石垣亜純)