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日本の4つの宇宙法 ビジネスに与える影響は?

2000年代以降、世界的に民間事業者による宇宙開発が加速するのに伴い、各国では宇宙産業に関する法整備が急務となっています。日本でも2008年に「宇宙基本法」が制定されたのを皮切りに、2016年に宇宙二法と呼ばれる「衛星リモセン法」と「宇宙活動法」、そして2021年に「宇宙資源法」が制定されました。
 
これら4つの宇宙法はどのような背景で生まれ、日本の宇宙ビジネスにどのような影響を与えるものなのでしょうか。それぞれの背景と基本的な内容を紹介します。


宇宙法とは


まず、宇宙の個別の法律を紹介する前に「宇宙法」についておさらいしておきます。

宇宙法とは、宇宙ビジネスに関連する法律の総称で、実際に「宇宙法」と呼ばれる法律が存在するわけではありません。現在、国際的に定められているものとしては、1967年に発効された「宇宙条約」(月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用における国家活動を律する原則に関する条約)が挙げられます。平和利用の原則や領有の禁止など基本的な原則を定めたもので、ほかにも以下のような国際条約・協定がありますが、細かい部分については各国が独自に定めた法律で補完されているのが現状です。

宇宙に関する国際協定

宇宙条約(1967年)
宇宙の平和利用や領有の禁止など基本的な原則

宇宙救助返還協定(1968年)
事故や遭難、緊急着陸時における宇宙飛行士の援助や返還、物体の返還などを義務づけたもの

宇宙損害責任条約(1972年)
宇宙物体が何らかの損害を引き起こした場合、打ち上げ国は無過失責任を負うことを定めたもの

宇宙物体登録条約(1975年)
打ち上げ物体の登録、国際連合事務総長への情報提供を義務づけたもの

月協定(1979年)
月や惑星などの天体の平和・科学利用、所有権の主張禁止を定めたもの

宇宙基本法(2008年)


宇宙基本法とは2008年8月に施行された、日本の宇宙開発の理念や基本方針を定めた国内初の宇宙関連の法律です。

それ以前にも1969年に「宇宙開発事業団法に対する国会の附帯決議」にて、宇宙開発基本法の立法化について議論されましたが、結果的に宇宙基本法の制定まで日本国内の宇宙開発を規定する法律は制定されませんでした。

宇宙基本法が制定されるまでには、実はとても長い道のりがありました。1967年に宇宙条約が発効されたのにもかかわらず、1969年の「我が国における宇宙の開発及び利用の基本に関する決議」によって、軍事防衛目的の宇宙利用を否定する流れができてしまいます。

1980年代には衛星ロケットの開発や運用が順調に進み、日本の国際的な宇宙市場への進出も期待されていましたが、日米貿易摩擦が激化した時期でもありました。日米貿易摩擦の解消の一環として1990年に締結された「日米衛星調達合意」によって、日本政府や監督下にある機関が実用的な目的で人工衛星を調達する際は国際競争入札が原則となってしまいます。

結果、通信・衛星・気象の実用的な衛星を政府が打ち上げる際は、8割の衛星が米国衛星メーカーに落札されるように。日本の衛星メーカーは実利用で経験を積む場が奪われ、市場での競争力が健全に育たず、世界的にも大きな後れを取ることになります。

その後、北朝鮮のミサイル発射など日本を取りまく安全保障の環境が変化したこと。またさらに、日米衛星調達合意を発端に、日本の宇宙産業が研究開発を中心に展開せざるをえず、積極的な民生利用が行われてこなかった諸問題を解決すべく、2008年にようやく宇宙基本法が制定されたのです。

宇宙基本法の宇宙ビジネスにおける大きなポイントとしては、宇宙を利用するコンセプトが初めて大きく日本の法律に盛り込まれたこと。また、その利用の対象を広く一般企業のビジネスも含めて規定し直していることが挙げられます。

第4条に産業の振興、第14条に国際社会の平和及び安全の確保並びに我が国の安全保障、第16条には民間事業者による宇宙開発利用の促進などが盛り込まれていることをみても、宇宙産業の自立的発展への想いが強く伺えます。

衛星リモセン法(2017年)


「衛星リモセン法」は、衛星によって記録されたデータの取り扱いを定義した法律で2017年11月に全面施行されました。正式名称は「衛星リモートセンシング記録の適正な取扱いの確保に関する法律」です。

リモートセンシングとは、遠く離れたところ(リモート)から、対象物の形や性質を触れずに測定する(センシング)技術。一般的に人工衛星から電磁波を利用して、地球上の自然現象や災害、人の営みなどを観測する際に用います。

これらリモートセンシング技術は日々向上しており、高度化・低コスト化が進んでいます。衛星から得られるデータは、地形や海面といった地理空間情報だけでなく船舶や車両の監視などにも活用できるため、防災や減災、道路や陸橋、ダムといった社会インフラの整備・保全、農業や漁業分野での省人化など、さまざまな分野での活用が期待できます。

一方で、悪用の懸念のある国や国際テロリスト等の手に渡らないよう、安全保障上のリスクに備えて管理することも重要です。

そうした背景から、衛星リモセン法では「衛星リモセン装置使用における許可(第4条〜第17条)」「衛星リモセン記録の取扱いに関する規制(第18条〜第20条)」「衛星リモセン記録を取り扱う者の認定(第21条〜第26条)」などで、利用ルールや罰則、遵守すべき義務の制定、事業者の認定基準などを明文化しています。

これによって、安全保障に関わる機密情報が流出するリスクを低減するとともに、リモセン事業者が遵守すべき基準が明確になりました。今後さまざまな分野で衛星データを活用した新産業・新サービスの創出が期待できます。

宇宙活動法(2018年)


宇宙活動法とは2018年11月から全面施行となった、人工衛星やロケットなどの打ち上げ・管理に関することを定めた法律です。正式名称は「人工衛星等の打上げ及び人工衛星の管理に関する法律の概要」。先ほどのリモセン法と一緒に2016年11月に公布されたため、こちらの2つはセットで「宇宙二法」と呼ばれることが多いです。 

国際的ルールである宇宙条約6条には、「条約の当事国は、月その他の天体を含む宇宙空間における自国の活動について、それが政府機関によって行われるか非政府団体によって行われるかを問わず、国際責任を有し、自国の活動がこの条約の規定に従って行われることを確保する国際的責任を有する」との記載があります。他国では、この条項を遵守するためにそれぞれ担保法を制定してきました。

人工衛星やロケットなどの打ち上げ・管理においては落下事故や第三者の侵入などの予測不能なリスクが存在します。ルールや手続きが明確化されていなければ、民間事業者は適切なリスクの低減や回避などを行うことができず、健全な市場成長を阻害してしまいます

そこで施行されたのが宇宙活動法です。内容としては、大きく「人工衛星やロケットなどの打ち上げ許可」「人工衛星やロケットなどの管理に関する許可」「人工衛星やロケットの打ち上げや管理で発生した第三者損害への賠償」の3つになります。

特筆すべき条項は、39条の「ロケット落下等損害賠償責任保険契約」と40条の「ロケット落下等損害賠償補償契約」でしょう。ロケット打ち上げ事業者は、これら2つの契約締結が義務化されています。基本的には保険によって損害賠償が補償されますが、カバーできない分はロケット落下等損害賠償補償契約によって政府が補償します。

宇宙資源法(2021年)


宇宙資源法とは2021年12月より施行されている、月や火星などの天体に存在する資源の探査・採掘及び所有を定めた法律です。正式名称は「宇宙資源の探査及び開発に関する事業活動の促進に関する法律」。 

近年は、小惑星にプラチナといったレアメタルが豊富にある可能性があるとわかり、アメリカでは小惑星の資源採掘を目指すベンチャー企業が2社も立ち上がるなど、宇宙資源ビジネスの機運が高まっています。日本でもそうした民間事業者などによる宇宙資源の探査や採掘、開発などをバックアップすることを目的に、宇宙資源法が制定されました。

宇宙資源に関する国内法は、アメリカが2015年に世界で初めて制定し、続く形で2017年にはルクセンブルク、2019年にはアラブ首長国連邦(UAE)が制定。日本は世界で4番目となります。

一方で「宇宙資源は誰のものか」という問題もあります。先に紹介した宇宙条約 2条では「月その他の天体を含む宇宙空間は、主権の主張、使用若しくは占拠又はその他のいかなる手段によっても国家による取得の対象とはならない」との記載があります。

しかし、アメリカは自国の宇宙法にて、民間企業が採ってきた宇宙資源はその企業に所有権が属すると定め、ルクセンブルクも続いて同じような法律を制定しました。このことから、宇宙資源法は宇宙条約2条と整合していないと考える有識者や専門家もおり、宇宙開発において議論が分かれているトピックの一つとなっています。

日本の宇宙資源法でも、日本の民間企業が採ってきた宇宙資源はその企業のものだと定めていますが、宇宙条約2条を考慮し「日本が締結した条約などの誠実な履行を妨げないように留意すること(6条)」や、「国際的な枠組みへの協力に努め、各国政府と共同して国際的に整合のとれた宇宙資源の探査及び開発に係る制度の構築に努める(7条)」などの文言を盛り込んでいます。

まとめ


このように、日本では民間での宇宙開発ビジネスを念頭に、2008年から宇宙に関する法整備が急速に進められてきました。しかし追いついていない領域はまだまだあり、宇宙ビジネスの市場が発展する過程で、どのような宇宙法が新しく登場するのか、ちゃんと環境保護や国際平和を視野に入れた内容になっているかーー情報を常に注視していくことが大切です。

 

企画・制作:IISEソートリーダシップ「宇宙」担当チーム
文:俵谷龍佑 編集:黒木貴啓(ノオト)

参考文献

(いずれも最終アクセス日は2024年1月29日)

・渡邉浩祟“日本の宇宙政策の歴史と現状”.国際問題No.684 .2019年9月

・野村諭” 宇宙資源法成立と民間宇宙開発の国際的枠組みへのイニシアティブ”.ZeLo LAW SQUARE. 2021年7月21日

・本間由美子/監修“【弁護士解説】宇宙法の解説② ~宇宙資源法~”. GVA Professional Group-法務情報. 2022年11月30日

・内閣府宇宙開発戦略推進事務局“宇宙活動法について”.2018年7月29日

・内閣府宇宙開発戦略推進事務局“宇宙機器産業の振興について”.2017年2月21日

・中央学院大学地方自治研究センター.宇宙法.1999年2月

・榎孝浩“宇宙政策の司令塔機能をめぐる議論” 国立国会図書館『調査と情報 』第748号. 2012年4月5日

・Ryosuke Hoshi “3分でわかる日米衛星調達合意・WTO政府調達協定”.note. 2019年11月16日

・寺園淳也(2022).『2025年、人類が再び月に降り立つ日』.祥伝社

・小松伸多佳/著,後藤大亮/著(2023) .『宇宙ベンチャーの時代』.光文社

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