見出し画像

映画「クロスロード」。まだ未発見の1曲

 レッスン中に生徒さんと、1986年の映画「クロスロード」の話になりました。少々安っぽいエンタメ映画ですが、しかしまた希少なブルース映画でもあるのでぜひ見ておきたい作品です。スクールのブログの方でも少し書きましたが、書き足りなかったので、こちらでちょっと掘り下げてみます。

 主人公の少年はジュリアード音大でクラシックの勉強をしているエリート。だがその少年はブルースの神様、Robert Johnsonに夢中になってしまう。
 Robert Johnsonの楽曲は残された29曲以外に実は「もう1曲」あり、それをある老囚人が知っていて、その老人の正体は伝説のウィリー・ブラウンであるという。少年はその老囚人を連れ出し、「まだ録音されていない、最後の曲」を探しにヤズーシティ(ミシシッピ、デルタ南端の町)を目指す。途中でロードムービーでありがちなアクシデントや恋愛もありつつも、彼らは遂にその「十字路」に辿り着く、という内容。

”ウィリー・ブラウン”というブルースマンは、実在?

 そして、生徒さんから「この伝説の老ブルースマンって、架空の人?」という質問があったのですが、一応、実在した人物です。ただ映画の設定とは違い、実際のウィリー・ブラウンはギタリストでしたし(映画での役柄はハーピスト)、実際は老人になることなく、52、3歳で亡くなっています。一説には「(チャーリー)パットンよりギターが上手かった」という説もある、パットンやサン・ハウスと並ぶデルタブルースの大物で、数曲、音源も残されいます。また同年代だったサン・ハウスとは後年、長く行動を共にしたことが知られています。

ふたり(パットンとブラウン)を聞き比べたことのあるもののほとんどが、「藍は青より青し」でウィリー・ブラウンの方がパットンよりギターがうまかったと言っている

「ブルースの歴史」/ Paul Oliver


 音源があまり残されていないことや、また60年代のブルースリバイバルの前、1952年と早くに亡くなったこともあり、かなり謎の多い人物です。サン・ハウスのように60年代の再ブームまで生きていれば、多少なりともインタヴューや映像で確認することができたと思うのですが。シカゴなど都会に出て人気者になったマディやハウリンは除き、戦前のデルタで一生を終えたブルースマンのことは、彼らの多くが文盲だったこともあり、本当に分からないことが多いです。彼のことはむしろ、「クロスロードの歌詞に出てくる人物」ということの方が馴染み深いかもしれません。クロスロードの歌詞で、

「you can run, you can run tell my friend Willie Brown」

 と歌われる一節がありますが、この「Willie Brown」こそが彼のことだと言われています。

あながち、嘘ではない

 そしてこの、ロバジョンの「未発見の1曲」というのも、映画上の設定。ただ、こちらも多少の裏付けがあり、ロバート・ジョンソン研究の第一人者、マック・マコーミックによれば、実際「幻の30曲目」があるということです。ただそれは、「単に技師を喜ばせるだけにやったきわめて淫猥な歌」(ロバート・ジョンソン/ピーター・ギュラルニック)ということらしいです。きっと、リハーサル代わりに軽く歌った、お遊び程度の曲だったのでしょう。(だがそれですら、もし録音が発見されたら大きなニュースになるでしょうね)
 そもそも、「クロスロード」で悪魔と取引したのはロバート・ジョンソンではなく、トミー・ジョンソン(1896-1956)だ、という説もあります。また、ハウリン・ウルフにもそれと似た逸話が残っています。

(ハウリン)ウルフはトラクターの運転手だったんだ。知ってるかぎりの話じゃ、洞窟から、まったく人里離れた場所から、まる一週間休んだあと這い出てきて、おれたちに演奏してみせた。あいつは魔術師だって思ったね”(ジョニー・シャインズ)

「ロバート・ジョンスン―伝説的ブルーズマンの生涯」ピーター・ギュラルニック著

 つまり、この手の逸話は当時の黒人の間で好まれた、都市伝説的なものだったのでしょう。また我々にしても、いつの時代も好んで使うモチーフ(弱かった筈の主人公が、ある日突然、見違えるように強くなって現れる)といえます。

 ですがそんな野暮は言わず、こういったキーワードを楽しむだけでも十分楽しい。サントラを担当しているのはライ・クーダー。彼のスライドも随所で聞けます。また上記に書いたとおり、「幻の1曲」も、嘘ではなく実際にあることはあるらしいので、と思って見ると、より楽しく見れるんじゃないかなと思います^^


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?