「薄っぺらいロックの歌詞」
僕は演奏に関してはジャズ専門なので、当然ファンの方もジャズファンが多い。少し前ある女性とMy Funny Valentineの話になり、「とてもいい歌詞で、私大好きなんです」と。そして、
「それに比べて、ロックの歌詞って、意味のない歌が多いでしょう」
とその女性が仰って。その場では「なるほど、、そうかもですね」と調子を合わせていたんですが、あぁこれはちょっと誤解があるんだなぁと思い、機会があれば歌詞についても書いてみようと思ってました。
抒情詩と、バラッド(物語詩)
ロックの原型といえばブルース。ロバート・ジョンソンの「Malted milk」という曲を見てみましょう。
適当訳ですが、まぁこんな感じ。確かに無意味な歌詞に思えます。というか、ヤバいすよね、これ笑。酔っ払っていっちゃってる感じですよね。酒を飲み続けている理由も分からないし、Baby、と語りかけている女性についてもどこのどんな女性なのか、全く言及されません。最後はSpooks(幽霊、幻聴?)がやってきます。完全に酩酊してトリップしている感じの彼の生の声が語られているだけで、それがどんな理由なのか、どんな状況なのか、といったことは一切語られていません。
これ、何故なのかといえばそれは、ブルースやそこから派生したロックの歌詞は、基本的にナラティブ(物語)ではなく抒情詩だからです。つまり「感情」そのものを語ることこそが、そもそもの目的だからです。これは、ブルースがHoller(独白)から生まれたことが大きいんだと思います。物語詩やバラッドに感情はないのか?といえばそんなことはありませんが、それらの感情の多くはあくまで物語や状況、風景などに託され比喩される訳です。比して抒情詩は、生の感情「そのもの」が語られます。吉本隆明の自己表出/指示表出の話で言えば、自己表出のみが延々と語られているという訳です。
文学の世界では物語詩、叙事詩、抒情詩、叙景詩、風刺詩、、など様々にカテゴライズされます。あまり細かな分類もその本質を失わせ、良くないと思いますた他方、ポピュラー音楽の場合はあまりにざっくりと単に「歌詞」として一括りにされ過ぎな気がします。せめて大きく、物語詩か抒情詩か、には分けても良い気がします。
ジャズはやはり基本的には物語詩が多い。もちろんジャズの歌詞にも抒情詩的なものもあり、例えば" All Of Me " などは抒情詩的といっていいと思います。あまり状況は語られず、ただ「あなたがいなくなって、どうしていいか分からない」という生の感情だけが熱情的に語られますよね。とはいえ基本的にはジャズの歌詞の多くは、物語詩や、叙景詩です。そのことがまた、ジャズはエンディングに向けて徐々に盛り上がっていき、またブルースやロックは冒頭からいきなり感情が爆発する、といった表現手法にも関わってきます。仮にフライミー・トゥ・ザ・ムーンで冒頭から
「私を月へ連れていってぇぇ〜!」
と激しく絶叫されても、ちょっと困ってしまいますよね(笑)。あくまで、ラストの
「In Other Words、I Love You」(言い換えれば、つまり愛してるのよ)
に感情のピークが到達するように物語が順序立てて綴られていく訳です。このように詩の形式は「どう演奏されるか」ということ(楽曲構成)にも深く関わってくると思います。
どちらも、そもそも違う形式の歌詞(であり音楽)だということです。ですから、俳句とオデュッセイアを比べて俳句は薄っぺらい、と比較しても仕方がないということと同様に、ロックの歌詞が浅いとか脈絡がないとか、そういった指摘もちょっと的外れかもしれません、というお話でした。
確かに、ジャズやクラシックを聞いている人にとっては、
「ロックって、何であんなにやみくもに冒頭から叫ぶの?」
と思うでしょうし、ロック中心に聞いている人にとっては、
「ジャズって、盛り上がるまでに時間がかかって、かったるいなぁ」
なんて思うかもしれません。
ですがそれは、そもそもの表現しようとする目的が違うから。物語ではなく感情「そのもの」が語られているのだ、と思って聞くと、また違って聞こえてくると思います。「ロックの歌詞もじつは深くて良いな」と思ってくれる人が増えれば良いのですが。
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