マガジンのカバー画像

音楽、アメリカ文化

13
アメリカ文化、ジャズ、ブルースについて。わりとしっかりした内容を。
運営しているクリエイター

#ブルース

「薄っぺらいロックの歌詞」

 僕は演奏に関してはジャズ専門なので、当然ファンの方もジャズファンが多い。少し前、ある女性とMy Funny Valentineの話になり、「とてもいい歌詞で、私大好きなんです」と。そして、 「それに比べて、ロックの歌詞って、意味のない歌が多いでしょう」  と仰って。その場では「なるほど、、そうかもですね」と調子を合わせていたんですが、あぁ、これはちょっと誤解があるんだなぁと思い、機会があれば歌詞について、そのうち書いてみようと思っていました。 抒情詩と、バラッド(物語

十字路に立っていたのは、、

「乗せてくれてありがとう、トニーだ」 「ノーカントリー」の大ヒットとアカデミー4部門受賞で、もはや時代を代表する監督の一人(兄弟だから二人ですね)といっていいコーエン兄弟が監督の、「オー・ブラザー!」2000年作。当時はあまり音楽面は謳われておらず、それでつい見逃していたのですが(僕が油断していただけですが、、)、見てみると音楽に関してもかなり深い考証がなされていて、ロードムービーであると同時に、立派な音楽映画でした。 物語は監獄を脱走した三人の男たちが道中で巻き起こすド

「マ」の、大きなお尻。

先年Netflixで「マ・レイニーのブラックボトム」として配信されたことで、(ごく一部ではあるけれども)多少知名度の上がったマ・レイニーですが、ベッシー・スミスより彼女こそが、元祖「ブルースの女王」と言える存在でした。 彼女の代表曲に、「Ma Rainey's Black Bottom」(1927年)という曲があります。上記のネットフリックス配信映画のタイトルにもなっていますが、この「ブラック・ボトム」とは、20年代に流行ったダンスの形態です。私はダンスに疎いので、当時、チ

ワンドロップ・ルール。人種か血統か。

英王室の騒動、ヘンリー&メイガン夫妻の騒動について、地上波のニュースで報道されるレベルでしか僕は知りませんが、拗れに拗れ、今やヘンリー王子やメイガンさんの過去の言動やその人となりの方に話題が移行してしまった感があります。今後の去就や暴露本などに関心が移り、ことの本質がどこかへ行ってしまった感じがあります。ですが、ことの発端は「肌の色」であったことは疑いないでしょう。なぜなら、単なる醜聞ならこれまでの英王室にも問題になる人物はいくらでもいたからです。チャールズ3世の聞くに耐えな

【81年続くラジオ番組】

アーカンソー州ヘレナはミシシッピ州ではないものの、デルタの中心地、クラークスデールから40kmほどの距離。ミシシッピ川を渡ればすぐの位置にあり、ここもブルースの町として有名です。ロバート・ジョンソンの結婚した相手がいて、彼が頻繁に通っていたことでも有名です(その連れ子が、ロバート・ロックウッドJr)が、他にもウィリー・スミス(マディのバンドのドラマー)など、この町出身のブルースマンも多いです。 キングビスケット社提供の、ラジオ番組 この町がブルースの一つの中心地になったも

1964年6月21日

1964年6月、NYから三人の若者がおんぼろのフォルクスワーゲンに乗り込み、メンフィスへと向かいます。 彼らはミシシッピに辿り着くとまずロバート・ウィルキンスを見つけ(彼は既に演奏をやめ、牧師として暮らしていた)、そして彼の口からサン・ハウスの最後の住居とされるレイク・コーモラン(メンフィスから南に30kmほどの場所)という場所を聞き、翌日出かけます。 翌日そこでサンは見つからず、ただ、代わりに「サンの連れ子と結婚していたという人物の父親」を見つることができました。そこから彼

映画「クロスロード」。まだ未発見の1曲

 レッスン中に生徒さんと、1986年の映画「クロスロード」の話になりました。少々安っぽいエンタメ映画ですが、しかしまた希少なブルース映画でもあるのでぜひ見ておきたい作品です。スクールのブログの方でも少し書きましたが、書き足りなかったので、こちらでちょっと掘り下げてみます。  主人公の少年はジュリアード音大でクラシックの勉強をしているエリート。だがその少年はブルースの神様、Robert Johnsonに夢中になってしまう。  Robert Johnsonの楽曲は残された29曲

戦前ブルースマンと自動車

 今月のラジオはロバート・ジョンソンのTerraplane Bluesをかけました。ロバジョンのレコーディングは二度行われ、1936年に16曲、翌37年には13曲が録音されましたが、これは最初の録音、1936年のものです。 戦前ブルースマンと聞くと、貨物列車のロッドに飛び乗りギターを背中に担いで放浪する、というイメージですが、実際、ロバート・ジョンソン(以下RJ)もそういう生活だったようです。同じくデルタのブルースマンで、RJと一緒に旅回りをしていたジョニー・シャインズの証