レギュレーター ブラック編

「説明しよう!『再設定戦隊レギュレイジャー』はこの世の物理法則を一つだけ操作することの出来る超人レギュレーターで組織されたヒーロー達である!世界の僅かな矛盾の積み重ねから必然的に生み出される悪しき存在『イレギュラー』から世界を守るため、今日もレギュレイジャーは命を賭けて戦うのだ!さあ一緒にレギュレイジャーを応援しよう!ご覧のあて先にはがきを送ると抽選で3名様に、新隊員レギュレーターブラックの必殺武器ワールドチェンジャーが当たるぞ!これで君もレギュレーターだ!」

 もう君しか頼れる人がいないと囁くホストのために飲めない酒を80万円分も注文した妹、あなただけにこっそり教えますとのたまう投資詐欺に定期預金口座一つを潰した母、あの芸能人も使っている驚異の発毛メソッドにボーナス全額を注ぎ込んだ父からほぼ同時にカミングアウトを受け「こんな分かりきった嘘を人は何故信じるのか」との憤りと自分の経済的先行きへの不安から一睡も出来なかった翌朝、「人がもし嘘を信じないように出来ている生き物だったら、もっと幸せになっていただろうに」と思いながらドアを開けると、外の街が消えてなくなっていた。
 両隣から並んだ家は瓦礫同然の空き家と化し、向かいのビル街は錆びた鉄骨と苔むしたコンクリートの廃墟だった。駐車場の車はドアとタイヤが失われ、ボンネットの中身が抜かれてさえいた。割れたフロントガラズに溜まった汚れが破壊後に流れた時間を物語っている。
 どこかのビルに反響して犬の遠吠えが聴こえた。
 立ち尽くしているとアスファルトのヒビから伸びた雑草を踏んで人影が現れた。ボロボロのスーツと伸びきった髪と不釣合いに綺麗に剃られた髭が目立つ初老の男性だった。
「あんたは…いや、ここはいったいどこだ?何なんだこれは…俺は夢を見ているとしか思えないんだが」
 俺がそう話しかけると男の目に大粒の涙が浮かんだ。
「やっと向こう側の人間に会えた!」
 男は俺に取りすがって泣き崩れた。

「あなたがここに来たのはあなた自身の意思のためです。そしてこの世界がこうなったのは私のせいなのです」
 道端に腰を下ろし、息を整えた男は喋り始めた。
「私はかつて、あるヒーロー戦隊にいました。当時戦隊が戦っていた怪人は嘘を使って人間を自在に操る強敵でした。奴に対抗できるのは同種の能力を持つ私だけでした。そこで私は、人間が嘘を信じないように世界を作り変えたのです。困難な挑戦でしたが、私は成功しました。そしてこうなったのです」
「言っている意味が分からない」
「例えば…これがなんだか分かりますか」
 男はポケットの中から袋を取り出して中身を見せた。
「米…かな?籾殻がついたままだが」
「これを精米して炊けばご飯になる。しかし水田を作りそこに撒いて育てればもっと多くの米が手に入ります。もし手に入る食料が限られるとして、あなたならどうしますか?」
「撒いて育てるな。やり方が分かればだが」
「そう、元の世界の人間はみんなそう考える。しかし水田に米をまいてもそれが育ち、実を付けると100%証明は出来ない」
「そりゃそうだ」
「100%証明できない事はこの世界では嘘なのです」
「えっ?」
「未来の米を取り出して持ってくることは出来ない。この世界では、この米がより多くの米に代わる可能性というものはただの言葉に過ぎないのです。そしてただの言葉をこの世界の人間は信じません。それならば目の前にある米を確実に腹に入れるべきだと考える」
「だけどそれじゃ社会が成立しない」
「おっしゃるとおりです。現にそうなりました」
 風に吹かれて、タイルの剥げた歩道の上を紙くずが通り過ぎた。男はそれを右手でつかんだ。
「経済は崩壊しました。ここでは紙幣どころか貨幣でさえただのモノに過ぎません。法律もだれも守らなくなった。国家や宗教どころか会社や街の概念まで失われました。ここでは最低限の物々交換ですら容易に成立しません。目の前にあるものを使い、無いものは自力で手に入れる。最初はすさまじい暴動で、その後は徐々に深刻になる物不足で殆どの人間が死にました。今、どれだけの人が生き残っているかは私にも分かりません。何しろ誰とも交流が無いのですから」
 男は立ち上がった。
「今思えば文明とは言葉による嘘で世界を変える能力だったのです。そして全ての人間の中で、言葉に寄らずにそれが出来るのが私のもって生まれた特殊能力だったのです。何とか世界を元に戻せないか、何度も試しているのですが、今だに成功しません」
「俺はどうなるんだ」
「ご心配なく。あなたはじきにもとの世界に戻れます。なぜならあなたにとってはまだこの世界そのものが嘘だからです。しかし私には違う。この世界でただ一人嘘を信じられるまま残された私には、いまやあなたの世界の方が言葉による嘘なのです。この矛盾を、どう乗り越えればいいのか・・・」

 クラクションを聞いて反射的に後ずさると、目の前にはいつもの街の喧騒があった。
 男の言葉はまだ耳に残っていたが、考えるのをやめて駅に向かった。
 「交通事故を起こした孫の示談金」ということになっている金が、そろそろ銀行に振り込まれているはずだ。

「ドクターライヤーを倒すと同時に消失したブラックを救う術はあるのか!再設定戦隊レギュレイジャー、次回『もう一つの世界』

【ご注意】
この作品は架空の戦隊ヒーロー番組に基づく二重のフィクションです。実際の人物・団体・事件・創作物とは一切無関係です。

次回の放送は未定です。

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