あなたの好き嫌いはなんですか?第8回
台所をおそるおそるのぞくと捨吉が夕飯の支度をしているらしく、野菜をまな板で切っていた。
捨吉は泉に気がつくとあれ?という顔をして「トイレならそっちの廊下の奥だよ」と廊下を指差した。
「はあ…そうですか。すいません。お借りします」
泉は言われるままトイレでストッキングを脱ぐことにした。
ボロボロの家だったが廊下やトイレは改装したらしく床はフローリングだし、トイレは洋式の水洗トイレだった。
隅々まで綺麗に掃除が行き届いていた。
泉はストッキングを脱いで丸めてスカートのポケットに突っ込んだ。
足首を見るとやはり腫れていた。
いつもの足首がゴボウだとするとにんじんくらいの太さになっている。
これは、やばい?
やっぱり病院行ったほうがいいかな?
泉は便器に座ってうつむいて考えた。
こういう事態に陥ると、とてつもない不安が泉を襲う。
正体不明の心細さがキシキシと泉の心に差し込んでくるのだ。
子供の時からそうだった。
耐えられないキシキシとした心の痛み。
そうやってトイレでキシキシに耐えてガックリしていると台所からチーンとオーブンがなる音がした。
ガタガタ捨吉が何か調理をしている気配がする。
ハッ。泉は顔を上げた。
不安になってる場合じゃない!
ここは人ん家だったんだわ。
早く帰らなくっちゃ迷惑じゃない!
泉はトイレの水を流して、外に出た。
廊下を抜けると台所の捨吉と目があった。
「ああ、飯食っていけばいいよ。立花も飯食ってくんだと」捨吉は言った。
台所にはおいしそうな匂いが立ち込めている。
その匂いに触発され泉のお腹はクルクル活動を始めた。
泉のお腹はキュゥ〜とネズミの鳴き声のような音を出した。
それを聞いた捨吉は笑った。
「お腹減ってるんだなぁ。お腹がキュゥ〜って鳴いたぞ」
泉は恥ずかしさで顔が真っ赤になった。
「いえ、飯時に人ん家行くのは失礼だっておじいちゃんに教わりましたから」
泉が断ろうとすると、いいよ、いいよ、いっぱい作ったから食ってけや、と捨吉は泉に大皿を持たせた。
そこには綺麗に盛り付けられたミモザサラダがのっていた。
「きれい…」
丸く形づくられたケーキのようなサラダだった。1番下に茹でたじゃがいもを粗く潰したもの、ツナ、その上に千切りのにんじん、スライス玉ねぎ、そして卵の白身を敷き詰め、1番上には卵の黄身を細かくしたものがミモザの花のように一面に散らしてある。
泉の口中に唾が湧いた。
「はい。それ持ってって。足大丈夫か?」
捨吉の言葉に泉ははい、と返事して居間へ行った。
歩くのはちょっと痛い。
でも歩けないほどじゃないわね。
泉がサラダを持って居間へいくと立花が待ち構えていた。
「泉さん、はい。座って座って。湿布貼ってあげるからね」
立花は座布団をポンと叩いた。
この人は世話好きなひとなんだなぁと泉は思った。泉がサラダの大皿をちゃぶ台に置くと立花はそれを見て「おっ!おいしそうだねぇ。捨ちゃん手の込んだサラダ作るなぁ」と言った。
「さあさあ、湿布を貼ろうか」
立花に急かされて座った泉は右足を差し出した。
器用に立花は湿布をペタリと足首を包むように貼り付けた。
ひやりと冷たい。泉はぶるっと震えた。
湿布特有の匂いが鼻に突き抜ける。
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