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ねこの孫1

「おじいちゃーん!きたよー」
小さな肉球が廊下をとててて、と走る音が近づいてくる。
老眼鏡をかけ新聞を読んでいたいわおは顔をあげ相好を崩した。
「来たか」
「おじいちゃーん。開けてー」
居間へ続くドアを爪でカリカリ引っ掻いている音がする。摺りガラス越しに白い仔猫が見えている。
「おお、いま開けてやるから」
巌が立って行ってドアを開けると白い仔猫は飛び込んできた。
「おじいちゃーん」
こねこは巌の足にすり寄ってくる。巌はしゃがんで、孫の仔猫の頭を撫でた。
「元気だったか。あん
杏はのどをクルクル鳴らして巌の手をペロリと舐めた。
「元気だよ!おじいちゃんは?」
「おじいちゃんも、元気だ」
そこへスリッパを引きずるような歩き方をして巌の娘の紀子のりこが疲れた顔で居間に入ってきた。
「お父さん、ただいま」
声に元気がない。
「電話でも言ったけど、しばらく杏をお願いね。ご飯とか、おもちゃとか、これ」
紀子はデパートの紙袋を巌に差し出した。
「あと、スーパーでお弁当とか惣菜買って来た。お昼にしようと思って。お父さん幕の内弁当でよかった?」
紀子は巌に言った。
「お昼買ってきてくれたのか。お前が来るから寿司でも取ろうと思ってたんだ」
巌はテーブルの上に出して置いた寿司屋の出前メニューに目をやった
「お寿司ね…。いいのよ。そんなのしなくて」紀子はそっけなく言う
「俺もしばらく寿司食べてなかったからさ。いや、いいんだ弁当があるんなら」
巌は娘に気を使った。
「お寿司ってなあに?」
杏が今度は母親の足にすり寄りながら訊ねた。紀子は杏を見下ろしながら、
「お寿司っていうのはね。お刺身をご飯にのせて握った食べ物よ」
とこねこに教えてやっている。
「ええーよくわかんない」
杏は母親の顔をじっと見つめている。
「どっちみち、杏は食べられないのよ。杏はささみのごはん食べてればいいの」
「杏もお寿司食べてみたいー」
「だめ」
紀子がぴしゃりと杏に言った。
ちょっと冷たい言い方なのではないかと巌は感じた。
杏は耳を伏せしょんぼりしてしまった。
「杏。今度おじいちゃんとお寿司食べてみるか」
巌は杏に言った。
それを聞いて杏が目をキラキラ輝かせたと思う間もなく紀子の険しい声が飛んだ。
「お父さん!甘やかさないでっ。杏は私が産んだけど身体は猫なのよ。人間の食べ物は塩分が多くて杏にはよくないのよっ」
紀子の声は大きく、杏は巌の後ろのに隠れてしまった。
「そんな大きな声出さなくてもいいじゃないか」
巌が言うと紀子はテーブルに突っ伏して泣き出した。
「私もう嫌ー。誰も私の気持ちなんかわかってくれないのよー」
子供のようにしゃくりあげる娘を巌は突っ立ったまま見つめるしかなかった。

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