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あなたの好き嫌いはなんですか?第22回

しかし空腹感はあるが、あまり進んで食べたい気分にならない。
泉は気持ちが重かった。
駄菓子を選んでいる時はよかったが買い終わると急速に現実に引き戻された。
泉は、タリーズでアイスカフェラテを頼んで席に着いた。
冷たい飲み物が胃に染みる。
(そうだ。もしかしたら母のやつれ果てた顔をこれから見るかもしれないのだ。
もし、食事を、取ってからそんなものを目にしたら具合が悪くなって吐いてしまうかもしれない…。)
泉は暗い顔をして考え込んだ。
母はいつ群馬に住みはじめたのだろう…。
私達と別れた後どんな暮しをしていたのか…。
性格はあのまんまなのか。
13年という歳月はひとを変えるのだろうか…。
泉は少しづつアイスカフェラテを飲んではため息をついた。
そうやって考え込んでいる間に時間はすべり落ちるようにするする過ぎていった。
胸が重いまま、あっという間に12時50分になろうとしている。
泉は考えるのを止めた。
とにかく行って終わりにしよう。
何を終わりにするのかわからないが母に会えれば何かが終わる。
泉は尾上病院へ向かった。
駅から5分とあるように、尾上病院の場所はすぐわかった。
高いビルのようなきれいな病院だった。
ロビーには観葉植物が置かれてあり、待合室は結構な混雑だった。
本当は面会申し込みをしないといけないのよね…?
泉はひとのお見舞いなど行ったことがないのでこういう時どうすればいいかわからない。ああ、やっぱりお父ちゃんと相談してから来ればよかったかな?
泣きそう。いや、泣いてもだめ。
よし303号室ってのはわかってるからこっそり病室まで行っちゃおう。
病室の前に患者の名前は貼ってあるわよね。ドラマで見たことある。
泉はドキドキしながら階段で3階まであがった。看護師待合所も素通りし、素知らぬ顔で廊下を行く。
すぐ303号室が見つかる。
ドアは開放さてれいる。
ベットに白いカーテン。
4人部屋だが、入口で303号室の下プレートを見ると患者の名前は2名しかない。
斎藤亮子 様 宝田翔子 様
母の名がある。
ここに宝田翔子がいる。
泉の動悸は高まった。
胸がドキドキして目が眩みそうだった。
泉は自分を励まして、
「こんにちは。失礼します」
と病室に一歩踏み込んだ。
入ってすぐのベットは布団がめくられ、文庫本や週刊誌が枕元にあるが人はいない。
隣にはカーテンがひかれ窓際に患者がいるらしくひとの気配がした。
部屋の残りふたつは空きベッドだ。
人のいないベットのネームプレートを見ると斎藤亮子 様だった。
するとカーテンの向こうのベッドが母だ。
ひとの気配がする。動く衣擦れの音と咳払いも。ということは寝たきりで意識がないわけではない?
泉はカーテンに近づいた。
「こんにちは…。あの、いいですか?」
震えそうになる声で、声をかけた。
すると「はい?」と声がしてカーテンがサッと開けられた。
片方の耳にイヤホンをしてテレビを見ていた母が顔を出した。
13年ぶりに見る母は、まるで知らない女の人だった。
入院中だというのに薄化粧をしていて、やけに顔が白っぽく見えた。
しかし、小ジワは隠せない。目尻の縮緬ジワが増えていた。
首も年輪のようにシワが増えた。
「あら、どちら様?」
思わず母の顔をじっと見つめていた泉はその言い方に胸を突かれた。
母には今の私がわからないんだ。そりゃそうだ。13年会ってないんだ。母から顔を忘れられていてホッとする自分がいた。
「えと、あの…」と泉が言いかけると母は目をカッと見開いた。
「もしかして、泉?泉なの?」
大げさに口元に手をやる。
そのしぐさ。やっぱり母だ。
「いや〜だ!ほんとに泉なのぉ!どうして?あっもしかしてお父さんから聞いた?」
母は大きな声で言った。


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