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餓鬼ちゃん

茂兵衛爺さんの庭で、気の遠くなる程の数の仏像を私はひとつひとつ見ていった。
母の顔…記憶の薄れたあのひとの顔は、この目に映せば立ちどころに母だとわかるはずだ。
私は真剣に仏像の顔を見ていった。
しかし、どれも馴染みのない顔。
どれも微笑んでいるような穏やかなお顔で、私は(これは、ちがう。これも違う。私の母はこういう顔をしていないんじゃないか)という気がする。
私は母の穏やかな顔をほとんど見た事がなかった。
私は目が痛くなるまで仏像を食い入るように見ていった。
その鬼気迫る様子に茂兵衛爺さんはしきりにに声をかけてくる。
「お姉ちゃんや。そんなに恐ろしい顔をして仏像を見つめたら見られた方が逃げ出しちゃうぞえ。まあ、休み休みおやりなされや!なあ!ちょっとこっちへ来て茶でも飲みなされやあ〜。」
茂兵衛爺さんは餓鬼ちゃんの木彫りを手伝いながらのんびり言った。
餓鬼ちゃんは一生懸命木彫りの熊を彫り続けている。
鮭をくわえた熊だ。
よく北海道土産で見るやつだ。
なぜ熊なんだ?とちらりと思ったが私はそれどころじゃないので、とにかく仏像を見まくった。
幾ら見ていっても目当ての物に出会えず、
私はくたくたになり、目がショボショボした。だめだ。
ずっと目をカッ開いていたので目が痛い。
私は涙を流しながら茂兵衛爺さんと餓鬼ちゃんのそばに座り込んだ。
餓鬼ちゃんの周りには木屑が散らばり茂兵衛爺さんはそれを集めてマッチで火をつけた。
たちまち火は燃え上がりたき火になった。
私達は火にあたり、炎を見つめた。
私は火に当てられますます目が痛くボロボロ涙を流し続けた。
苦しい…これも苦行か…。
これは生まれ変わる為に成さなければならぬ苦行か?私はそんな事を考えた。
「お姉ちゃんや。そんな簡単に目当ては見つからないよお。根をつめると魂が溶けちゃうぞ。」茂兵衛爺さんが言った。
私はそれでもしつこく振り替えって背後に並んでいる仏像の群れを見続けていた。
「だ〜か〜ら執念を発揮すると魂が溶けちゃうって。やめなされ。今日は休みなされ。餓鬼ちゃんと遊びなされ。なあ餓鬼ちゃん。」
茂兵衛爺さんが魂が溶けるとか恐ろしい事を言うので私は今日は諦める事にした。
がっくり私はうなだれた。
餓鬼は相変わらず私と目が合うとおどおどしたが、その目だけは幼気いたいけな子牛のような瞳なので然程さほど気味が悪いというのでもない。
飢饉ききんで餓死した魂なのか現代で虐待され食事を与えられず死んだ子供か…。
餓鬼ちゃんはたまに喋るがすごく小さい声なので私には聴き取れない。
茂兵衛爺さんが餓鬼ちゃんにぴったりくっついて私に餓鬼ちゃんの言葉を教えてくれた。
「餓鬼ちゃんはすごい上手に熊ちゃん彫れたね〜。えらい〜えらいよ餓鬼ちゃん!こんなに川で鮭を狩る熊を上手に惚れる子滅多にいないよ!いやあ!わしは参ったなあ!嬉しいなあ!」
茂兵衛爺さんは餓鬼ちゃんを褒めちぎった。子供は褒めて育てろ、と生前どこかで聞いた事がある。
しかし、私は親に褒められた覚えがない。
貶された事ならいくらでも思い出せるが。
餓鬼ちゃんの頭をなでまわす茂兵衛爺さんと嬉しそうな餓鬼ちゃん。
ふたりを見ていると私は切なくなった。

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