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あなたの好き嫌いはなんですか?第3回

「じゃ、あっちのだるまは全体が赤いけど、意味があるんでしょうか?目まで赤いですよね」
泉は床のだるま群を指差した。
男性は目を凝らしてだるま達を凝視した。
「あ、あれは普通のだるまじゃなくて、だるま弁当の容器ですよ」
「だるま弁当?」
「ほら、駅弁の。高崎駅名物なんですよ。お弁当を食べたら容器が貯金箱になるんです」
男性は丁寧に泉に教えてくれた。
泉は何だか楽しくなってきた。
「へぇーだるま弁当かぁ。目まで赤いから普通のだるまじゃないなと思いました」
泉が言うと、男性は「きっとここの人は物を捨てられないタイプなんでしょう。あんなにたくさん」と言った。薄っすら埃をかぶって床に群れを成すだるま弁当の容器。いったいいくつあるだろうか。
ザッと見たところで20個以上はあるだろう。そんな事を話しているとしゃかしゃか足音を立ておかみさんがカウンターから出てきた。「はい。お待ちどうさまでした」
やっと赤飯弁当が来た。 
弁当を持ってきたおかみさんの顔は汗で化粧が流れて筋になっていた。
ちょっと汗だく過ぎないか。
おかみさんの顔を近くで見ると細かなちりめん皺が目元にある。思ったより年齢は上かもしれない。
泉は腕時計をちらと見た。12時35分。
思ったより時間を食ってしまった。
よし、15分でこれ食べて身なりを整えて仕事戻るぞ。
斜め向かいで「いただきます」と相席の男性が箸を取ったので泉も「いただきまーす」と言ってお弁当に目をやった。
四角い弁当箱に下部分一面がお赤飯、その上に豚肉のカレー風味焼きと付け合せの白い何かで構成された弁当である。
思ったよりおかずが少ない。
松花堂弁当のような物を期待していた泉だが当てが外れた。
おかみさんが日替りは豚肉のカレー風味焼きと強調していたのは、おかずが本当にカレー風味焼きだけという意味らしかった。
その隣に白い付け合せのがあるが正体が何かわからない。
泉は斜め向かいの男性を見た。
何だか、表情が硬い。
彼は弁当の一点を見つめ、箸が止まっている。泉は赤飯を食べてみた。温かくもち米の風味もある。でも何か足りない…?なんだろう。うん。何か足りない。
次に豚肉のカレー風味に箸をのばした。
豚のロース肉の薄切りにカレー粉をまぶして焼いてあるようだ。泉はパクッと肉を食べた。鼻に薄っすらカレーの匂いが抜け、その後に猛烈な辛みが口中で爆発した。
「からっ!辛い!何これっカレーの辛さじゃない」泉はびっくりして叫んだ。
そんな泉に向かいの彼は冷静に言った。
「肉の裏を見て下さい。ホラ、カレー粉をまぶした裏側は真っ赤なパウダーがまぶしてあるんですよ」
彼は自分の弁当箱の豚肉を箸で持ち上げた。びっしり赤い粉が見てとれる。
「一味唐辛子じゃないですよね…。一味より刺激が強い気がするんですが…口の中が痛い…」
泉は涙目になりながらコップの水を飲んだ。焼け石に水だ。余計口の中がヒリヒリした。
「たぶんハバネロパウダーでしょうね。この辛さは」
彼はどこまでも冷静だった。
泉は激辛ショックで半泣きで言った。
「これは苦情案件ですよ!どうして激辛だって最初に説明しないんですか!これだったらうどんかそばにしたのに!だいたいカレー風味焼きって単純にカレー味だと思うじゃないですか!罰ゲー厶ですよ〜これ!」
彼はそんな泉を見てさもおかしそうに笑った。
「辛いの苦手なんですね」
その声がやけに爽やかに優しく泉の耳には聴こえた。
ハッとして彼を見るとまっすぐに目と目が合った。辛さとときめきで泉の頬はみるみる赤らんだ。

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