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捨吉の秋7

一段とばかでかい叫び声を親父があげた。
捨吉は思わず布団からガバッと起きた。
「お母ちゃん、チロ大丈夫かな?おとうがチロに何かしてるよ」
捨吉は隣の布団で寝ているシズに話しかけた。
「いつもの事だから。しばらくすればお父さんも家に入ってきて寝るがな」
シズの声は眠そうだった。
捨吉はチロが心配でならなかった。
するとまた親父の怒声とキャイン!というチロの悲鳴が聞こえた。
チロが殴られている!
捨吉は我慢できなくなって布団をはねのけると玄関まで飛んでいった。
ガラッと引戸を開けて「チロ!」と叫ぶと犬小屋にチロはいなかった。
親父もいなかった。
あれっ?とあたりを見回すと親父はチロを軽トラの荷台にくくりつけ運転席に乗り込んでいた。
捨吉は軽トラへ走っていったが、親父はぎゃあぎゃあ叫びながら軽トラを発進させてしまった。
捨吉はその後を追いかけた。
玄関の電灯の明かりが暗闇へ去っていくチロをかろうじて照らしていた。
軽トラの荷台にくくりつけられたチロは真っ黒い瞳でじっと捨吉を見ていた。
(助けてください。でも仕方ないんです。人間には従うしかないんです。わたしは無力だから)
チロが言葉を話せたらそんなことを言っているような気がして捨吉は胸が潰れそうだった。
捨吉は庭で石につまずき転び痛さとつらさでわんわん泣いた。
手が泥だらけで血が出ていた。
なんでこんなひどい目にあうんだ!
なんであいつが親父なんだ!
俺の大事なものを奪うな!

怒りと悲しみが混じりあった涙が出て止まらなかった。
チロの目が悲しかった。
助けてやれない自分が許せなかった。
「チロー!チロー!」
捨吉があんまり泣き叫ぶのでやっとシズが布団から出て捨吉のそばにやってきた。
「捨ちゃん、近所の迷惑になるから叫んじゃだめだで。夜中だからな」
「だってお母ちゃん!おうがチロ連れてっちゃった!チロがー!チロがー!」
捨吉は悔しさでまた叫んだ。
「しっ!静かに!叫んじゃだめだ。ああ、お父さんが叫ぶわ、捨ちゃんが叫ぶわでちっとも寝られやしねぇ」
シズの言葉で捨吉はまたむかついた。
「こんな時に寝てる場合じゃないだろ!お母ちゃんは薄情だ!」
「まあ、難しい言葉知ってるな。薄情だと。意味わかって言ってるんかな」
「お母ちゃんのバカ!」
「今度は八つ当たりか、さっ寝るべぇやん。明日の朝んなったらお父さんがまたチロ連れて戻ってるがな」
「戻るもんか!お父うは山にチロ捨てるきだ!」
捨吉がいくら言ってもシズは聞く耳を持たずで捨吉を引き摺って家に連れ込んだ。
「さっ寝るべぇ。明日、お父さんが素面しらふになったらまた元通りになるからな」
シズはそう言ったが、そんなわけはない。
捨吉はシズにも腹が立った。
「なんでお父うはあんなにひどいんだ!」
捨吉が布団の上にうつ伏して叫ぶとシズは自分の布団にもぐりこみながら、
「だってお父さんはこの家の主だから多少無茶をしても私達は我慢しなくちゃならん」
とそう言った。
「やだよ!そんなの」
「しょうがねぇ。諦めろや。お母ちゃんだって我慢してるんだから」
「そんなの知るか!」


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