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鼻のけもの バナナサンデー第7話

しょうが焼きとタレでしんなりしたキャベツを口いっぱいに頬張る若者をながめる店主の茫漠とした心の中に小さな点がぽつりと生まれた。
痛みのように、せつないような小さな小さな点だった。
一心不乱というように空腹を埋めていく若者の食欲は気持ちがよかった。
それがなぜ店主にせつないような気持ちを呼び起こすのだろう?
(なんだ、なんだ。哀しいような、せつないような、店主もお腹過ぎ過ぎてせつないのか?)
鼻のけものは戸惑った。
店主はふと身体をひるがえし、ガス台の方を向くと換気扇の下で煙草に火をつけた。
マルボロだ。
ひと口に煙を吸い込むと、煙草の味がせつなさをかき消した。
(あっ!あっ!店主は煙草の味で自分の気持ちをごまかしてる!俺にはわかる。わかるぞ!)
鼻のけものは興奮してぴょんぴょんはねそうになったが思いとどまった。
今はねたら店主の肩から落っこちてしまう。
店主の感情がもう少しでつかめそうだ。
鼻のけものはじっと身をかがめた。
煙草の煙が目にしみた。
さっきは玉ねぎが目にしみて、今度は煙草の煙が目にしみる。この先の生活が思いやられる。
「あ」
店主が思い出したように声をあげた。
「?」
若者が顔をあげた。
「ランチにレタスサラダつけようと思ってたんだった。忘れてた。まあ、いいか。しょうが焼きにキャベツの千切りつけたからなぁ」
店主が若者に向き直って言った。
「明日にまわそう。レタスに薄切りのパプリカとトマトでも足して…いっそサラダ風スパゲティのランチにするか」
「サラダ風スパゲティですか」
若者はきれいに食べ終わり口のまわりを紙ナプキンでふいた。
「うん。最近暑いからなぁ。さっぱりしたもんもいいかと思ってな。でもどうかな。スパゲティは。茹でたスパゲティの上にレタスやらトマトやらゆで卵にツナをのせて…でもボリュームなさすぎかなぁ。女性には受けそうだな。でもうちはあんまり昼は女性こないしなぁ。やっぱりご飯と味噌汁におかずにサラダのランチにするか…」
店主はぼそぼそとひとり言のように話した。
明日のメニューで頭がいっぱいらしい。
「浅利くんはスパゲティ好きか」
店主は若者に訊いた。
若者は浅利という名前らしい。
「好きです」
「何スパゲティが好きか」
「ボンゴレです」
浅利あさりだけにか」
「はあ、まあそうです」
「ははっ」
店主は自分の駄洒落に苦笑いした。
「ボンゴレはロッソとビアンコどっちが好きだ?」
「ロッソとビアンコって何でしたっけ」
「ビアンコが塩味ベースでロッソがトマトベースの赤いやつだ」
「それじゃビアンコの方が好きです」
「お母さんが作ってくれるの?」
「いえ、お店で食べます」
「お店か。イタリアン好きか」
「サイゼリヤです」
「サイゼリヤか。俺はサイゼリヤ行ったことないんだよな。安くてうまいらしいね」
「うまいですよ。サイゼリヤ」
店主と若者がのんびりした会話をしていると奥のテーブルのふたり連れの女性客が会計にきた。
ふわっと汗と香水の匂いが混ざった女の匂いがした。
鼻のけものは小さくくしゃみをした。
女の人の香水が苦手なのだ。
「ご馳走さまでした」
地味な方の女性が言い、派手な方の女性が伝票をレジ前に置いた。
「はい。ありがとうございます」
店主はレジへ向かった。

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